第31話 作戦会議をいたしましょう①
私とジル様が協力関係を結んで数日。
あれからジル様は私のことをアリーシャと呼んでくれるようになった。
学園の休日がやってきたので、私とジル様はかねてからのお約束通りブライト様のお屋敷を訪問することになった。
行きの馬車の中でジル様が頬杖をつきながら物憂げにため息をつくのを見て、私は内心首を傾げる。
そういえば前にブライト様が『家に来て』と言った時、ジル様は難色を示していましたが何かあるのでしょうか。
「ジル様、あまり気が進まないようですけれど、以前ブライト様のお屋敷で何かあったのですか?」
「あー……アリーシャはブライトの家に行くのは初めてでしたね」
「一応、子供の頃伺ったことはあるはずなのですが、全然覚えていなくて……」
「…………………ブライトの家は何というか、その……落ち着かなくて……」
やはりどこか歯切れが悪い。
何かを思い出したのか、馬車の窓に映るジル様の顔はどこか遠いところを見ているように見えた。
この後すぐ、私はこのジル様の表情の意味を知ることになる。
***
「やぁ、二人ともいらっしゃい!」
相変わらず目の下に濃い隈を浮かべたブライト様が、にこやかにエントランスで出迎えてくれた――背後にバラが活けられた花瓶を宙に浮かせて。
当然ながら、私の目はブライト様の背後でふわふわ浮かぶ花瓶に目が釘付けになった。
ジル様の視線もブライト様を通り越して背後の奇怪な現象に目を向けているのがわかる。
「な、な……なな!?」
言葉にならずに驚く私に、ブライト様は少し背後を振り返ると宙に浮かぶ花瓶を見て困ったように肩をすくめた。
「びっくりさせてごめんね。僕が珍しく友達連れてきたから嬉しくなっちゃったみたい」
いや、いやいやいや。ブライト様、ちょっとお待ちになって。
私が言いたいのはそこじゃありませんの。
聞きたいことが山ほどあるのに、上手く言葉にできない。
「あの……背後のあれは何なんですの!?」
「うちのご先祖様。まぁ、僕には見えないんだけどね――――さ、僕の部屋に行こう」
こっちだよ、とブライト様が何でもないようにふわふわと浮く花瓶の横を通り過ぎる。
ジル様もその後に続くけれど、その体がやや緊張しているのがわかった。私もジル様も花瓶を凝視しながら、その横を通りすぎた。
その後も何度かドッキリのように不思議現象と遭遇して、ブライト様の私室に着く頃には私もジル様も精神的に疲れ果てていた。
なるほど、これはジル様も訪問に難色を示すはずですわ。
変に納得したところで、ブライト様がお茶を淹れてくれた。
コトリと目の前に置かれた白磁のティーカップに、ジル様は無言でブライト様に目を向けた。
ジル様の言わんとしていることを察したブライト様が苦笑して、同じティーポットから注いだ自分のカップに口をつけて見せる。
「そんな警戒しないでよ。今日は君を眠らせるつもりはないから安心して?」
「…………それで。ちゃんと僕にも説明してもらえるんですよね?」
「もちろん――――さて、どこから話そうか。ジルベルト、何か聞きたいことはある?」
ジル様の向かいの席に腰を下ろしたブライト様がテーブルの上に両肘をついて、組んだ手の上に顎を乗せた。
その何でも聞いてくれという態度に、ジル様は何から聞こうかと考えを巡らせ、おもむろに口を開いた。
「ブライトはオーラの色を見て僕の中にいる彼女をアリーシャだと特定したんですよね?」
「そうだね」
「なぜ、貴方はオーラの色が一緒というだけでアリーシャだと断定することができたのですか? アリーシャの書いた紙には、逆行して過去に遡ってきた存在だということを教えてくれたのはブライトだと書いてありました。ブライトは何をもって彼女が未来から過去に戻ってきたという結論に至ったのですか?」
どうやらジル様はどうして私が逆行してきた存在だと思い至ったのかが気になったらしい。
ブライト様はいつもと変わらない飄々とした笑みを浮かべて答えた。
「まず一つ目の質問ね。前にアリーシャ嬢にも説明したんだけど、人のオーラの色っていうのはね、誰一人として同じ色をしている人はいないんだよ。僕が君の中の彼女をアリーシャ嬢だと特定した理由は、アリーシャ嬢と同じ全く同じ色をしていたから。で、二つ目の質問。普通、同じ時間に同じ人間が二人いるなんてことあり得ない。でも、君の中にいるのはアリーシャ嬢で間違いない。そんな状態が起こりうるってことは何か『特別なこと』があったんじゃないかと思ってね――それでとある魔術を思い出したってわけ」
「魔術?」
「そ。逆行転生っていうのかな? 死んだ人の魂を過去に戻すっていう魔術。アリーシャ嬢に聞いたら死んだ記憶があるっていうし、それで決まりだと思ったんだよ」
「…………なるほど。にわかには信じられないような理由ですが、確かに筋は通ってますね」
「ははっ、アリーシャ嬢にも似たようなこと言われたけど、こんなことでいちいち驚いてたら
その言葉に、私は先ほどこの部屋に来るまでに起こった不思議現象の数々を思い出す。
確かにあんなのを毎日見ていたら多少のことじゃ驚かなくなるのかもしれませんわね。
思わず遠い目をしていると、ブライト様が「他には?」とジル様に先を促した。
「…………どうして睡眠薬なんか盛ったんですか?」
「そりゃ、君抜きでアリーシャ嬢と話がしたかったからにに決まってるじゃないか」
『なっ』
そのあけすけなブライト様の答えに、またしても私とジル様の言葉がかぶった。
ブライト様、言い方! もう少し違う言い方できなかったんですの!?
これだとまるでジル様が邪魔者みたいな感じに聞こえてしまうではありませんか。
決してやましい話なんてしていないのに、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
「つまり、僕には聞かせられないような話を二人で……?」
ジル様から怒りを抑えたような声が発せられた。
ああああああ、ほら! 怒ってしまったではありませんか。
焦りと共にブライト様に目を向ければ、彼はわざとらしく盛大なため息をついてみせた。
「しょうがないだろ? あの時は君の中にいるのがアリーシャ嬢だって確証もなかったし、君は君で頑なにアリーシャ嬢だとは信じなかった。違うかい?」
「ぐ……」
自覚があるのかジル様が悔しげに言い淀む。
そんなジル様の様子を楽しむかのように、ブライト様はにっこりと笑みを浮かべた。
「でも、安心してよ。アリーシャ嬢と話したのは未来の話と君の惚気話くらいだから」
「ななな!?」
油断していただけに流れ弾をもろに食らった。
咄嗟のことで私が言い返せずに口をぱくぱくさせていると、ブライト様はふふふっとしてやったりといった風に笑った。
ひとしきり笑ったブライト様は、急に笑顔を引っ込めて表情を引き締めた。
「さて、本題に入ろうか」
『本題?』
私とジル様の口の動きが一致する。どうやら同じタイミングで同じ言葉を言ったらしい。
ハモることはないジル様の声がブライト様に聞き返す。
「そう、本題。ジルベルトも詳しい話はアリーシャ嬢から聞いたんだろ? だったら、どうしたら君が確実にアリーシャ嬢と結婚できるか考えないとね」
ブライト様の言葉に、私とジル様がはっと息をのんだ。
視線の先で、ブライト様は紅茶を一口飲んでそのままティーカップを両手で包み込んだ。
「僕だって君たちが幸せな未来が見たいんだ。そのためなら、どんな協力だって惜しまないよ」
「ブライト様……」
「アリーシャ嬢、未来ではコーデリア嬢にジルベルトを奪われるって言ってたよね?」
「え? ええ……言いましたわ……」
私が答えれば、「じゃあさ」とブライト様が口の端を上げて言った。
「コーデリア嬢がジルベルトを奪うなら、そうならないように彼女には別の誰かを好きになってもらったらいいんじゃないかな」
それは私が思ってもみないような提案だった。
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