第19話 ある朝起きたら幽霊に憑りつかれていた②(ジルベルト視点)
教室の前の廊下で、コーデリア嬢に声をかけられた。
コーデリア嬢はなぜだかわからないけれど、毎朝僕に挨拶をしてくるのが日課なようだ。
僕は今朝の幽霊とのやり取りで、僕の婚約者がコーデリア嬢じゃないかと言われたのを思い出して、彼女のことをじっと見てみる。
可愛らしい容姿から、コーデリア嬢は子爵家の子息たちにとても人気がある。
確かに可愛いとは思うけれど、僕にはアリーシャがいるので別段彼女とどうにかなりたいと思ったことは一度もない。ただのクラスメイトだ。
コーデリア嬢に先日雨で中止になった授業のペアについて聞かれて、アリーシャに声をかけるつもりだと答えた。
もし僕がコーデリア嬢と組んだら、アリーシャは僕以外の誰かとペアを組むことになる。僕は僕以外の誰かと彼女がペアを組むところなんか見たくないから、ペアの相手はアリーシャしか考えられない。
コーデリア嬢はまた別の機会に誘うと言ってくれたけど、何度来られたって答えは変わらない。
肩を落としたように教室に入っていくコーデリア嬢を見送っていると、今度はアリーシャから声をかけられた。
待ち望んだ声に振り返れば、今日も可愛い僕の天使がにこやかに歩いてくるところだった。
そうして彼女から昨日のパンケーキを食べに行った話をされて、やはりアリーシャに間違いないと確信した。うん、どこをどうみてもアリーシャだ。間違いない。
それなら、僕の中にいる幽霊はなんなんだろうか。
アリーシャの無事を確認できた僕は、いささか気持ちに余裕ができていた。
授業中ノートを取りながら考える。
アリーシャと話して以降、幽霊は鳴りを潜めたように一言もしゃべらなかった。
幽霊はアリーシャだと言った。それはもう自信満々に。
そんなことあり得ない。わかりきっているはずなのに、僕はなんとなく彼女にアリーシャと通じるものを感じていた。
この漠然とした感覚が何かはわからない。ただ、僕は何かを見落としているような気がする。
あとで独りになったら、幽霊とじっくり話してみるのもいいかもしれない。
***
お昼になるとブライトが一緒に食べようと誘ってくれたので、サンドイッチをテイクアウトして中庭で食べることになった。
なんだかんだで、ブライトはいつも僕のことを気にかけてくれる。
僕的にはいつも寝不足そうな彼の顔色の方がよほど気になるのだけど、いつも上手くはぐらかされてしまって心配すらさせてくれない。
ブライトの生家であるレイ家は心霊現象のよく起きる家だそうで、以前お屋敷にお邪魔した時も不可解な現象が次から次に起こって、ゆっくりお茶も楽しめなかった。
そんな家で生活をしている友人は肝もだいぶ据わっているようだ。
今回のことも、誰に言っても信じてもらえなさそうな話を、親身になって聞いてくれるのがありがたい。
ブライトがレイ家の中で不憫な立ち場にいることは知っているけれど、なんとか退魔師を紹介してもらえないかどうか聞いてみようと思った。
それから話は本題に入ったけれど、結局僕の中の幽霊が何者であるかはわからなかった。
というよりも、彼女自身が何者であるかわかっていないようだった。
自分はアリーシャだと思っていたのに証明できるものが何一つないと気落ちした彼女の様子に、なんだか妙に胸が騒めいて元気づけてあげたくなった。
僕にはアリーシャという心に決めた人がいるのに、どうしてこんなに心が揺さぶられるんだろう。
そんな中、バスケットを返しに行くというブライトに幽霊と二人きりにされてしまった。
最初は何を話したらと思っていたけれど、口を開いてみれば彼女も同じことを思っていたらしく、一気に親近感がわいた僕は彼女と話をしてみようと思った。
幽霊は僕のことだけでなく、ブライトのこともよく知っているようだった。
お腹が満たされたせいか気が緩んだせいか、だんだんと眠くなってきた僕は、虚ろいゆく意識の中で彼女にもう何度目かの問いを投げかけた。
「貴女は……一体……?」
その問いかけに、僕の口が動いて何かを言ってたけれど、眠気が限界を迎えた僕は彼女の答えを聞く前に眠りへと落ちていった。
***
キンッ、キンキンッ……キンッ
剣と剣がぶつかり合うような音が聞こえると思ったら、吹き飛ばされて尻もちをついた。
その衝撃で一気に目が覚める。
何事かと思っていると、正面に剣を構えたライアンが地面を蹴るのが見えた。
考えるより早く体が反応して体制を立て直すと、一気に巻き返して形成を逆転させた。
ライアンを吹き飛ばして剣を弾いた僕は、彼の首元に切っ先を突き付ける。
ライアンの苦虫を噛みつぶしたような表情を見て、これはおそらく先日の勝負の続きだと思い至った。
「約束、覚えてます?」と聞くと、ライアンは全く悪く思ってなさそうに謝罪の言葉を口にした。
その彼の態度が腹立たしくて「謝るのは僕じゃないでしょう?」と言えば、ライアンは渋々ながらもブライトに謝罪をしてくれた。
尻尾を巻いてそそくさと去っていくライアンの後ろ姿を見送った僕は、幽霊に問いかける。
中庭にいたはずの僕が午後の授業を受けている原因は、彼女しか考えられなかった。
彼女はライアンがブライトに失礼なことを言ったのが許せなかったこと、そして僕の体を勝手に使ったことへの謝罪を口にした。
まさか僕と同じ理由で剣を振っていただなんて思ってもみなかった。
唇を尖らせて拗ねるようについ口車に乗ってしまったという幽霊に、思わず苦笑してしまった。
口調や仕草からおそらく貴族の令嬢だと思っていたのに、まさか口車に乗ってライアンとの勝負を受けるとは。随分とお転婆なお嬢様もいたものだ。
剣を握ったこともない人がなんて無茶なことをと言おうとしていたのだけれど、すっかり毒気を抜かれてしまった僕はそれを言う気にもなれず、友人のために怒ってくれた彼女に感謝の言葉を伝えていた。
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