第15話 私、決めましたわ

「アリーシャの誕生日に何を贈ったら喜ばれるか、ですか?」


 私は、ジル様から相談された内容を反芻した。

 確かにもうすぐアリーシャの誕生日がきますわね。


「せっかくプレゼントするなら、彼女の喜ぶものを贈りたいじゃないですか」


 ジル様はさらりと嬉しいことを言ってくださった。

 その相手が私ではないとわかっていても、アリーシャに対してのその心遣いがとても嬉しい。

 愛されてますわね、私。これは失敗できませんわ。


「そうですわね……うーん……」


 ほしいもの。ジル様に贈られて嬉しいもの。

 私は自分が喜びそうなものを思い浮かべてみる。

 ほしいものは色々あった気がするけれど、これといったものが思い浮かばない。というか、私にとってはジル様からいただけたら何でも嬉しいのですけど。

 ここで選択を間違ったらジル様との関係が悪化してしまうのではないかと思うと、軽々しく答えることができない。

 とりあえず、アリーシャの誕生日まではまだ日があるので少し考えさせてほしい、と伝えたところで馬車が屋敷に着いた。



 ***



 ジル様は自室に戻ると、アリーシャからもらったハンカチを大事そうに机の引き出しにしまって明日の授業の予習を始めた。

 さすがジル様。家に帰ったら恋愛小説を読みふけるような私とは大違いですわ。

 ジル様の優秀さは地道な努力の賜物だったのですね。

 ジル様が数式を解いていく様子を眺めていると、以前試験で間違えた問題が目に留まった。


「ジル様、ジル様」


 集中していたところに急に呼びかけられて、ジル様がびくりと肩を震わせる。

 びっくりさせてしまったようで申し訳ない。


「ご、ごめんなさい。邪魔してしまって……」

「いえ、いいですよ。何ですか?」


 集中が途切れてしまったのか、ジル様は持っていた羽ペンを立てかけて小さく伸びをした。

 そのまま左右に体を揺らせば、コキコキと骨がなる音が聞こえてくる。


「あの、先程の計算なのですが……どうやって解いたのですか?」

「先程……ここですか?」

「あ、いえ。その一つ上の問題です」


 指をさすこともできないので、ジル様が指をさしてくれたのを起点にどの問題かを伝える。

 ジル様は「ああ、これは」と丁寧に解き方を教えてくださった。先生に教わるよりも断然わかりやすい。

 ジル様に教えていただけたら私も少しは数学が好きになれたかもしれないのに、と思ったところで妙案を思いついた。


「そうですわ、ジル様!」

「い、いきなりどうしました?」

「ジル様さえよければ、今度アリーシャにお勉強を教えていただけませんか?」

「アリーシャに?」


 急に出てきたアリーシャの名前にジル様が首を傾げる。

 以前の私はジル様によく見られたいがために見栄を張っていたけれど、ジル様のお気持ちがわかった今、変に見栄を張る必要もないと思ったのだ。


「ええ。恥ずかしながら、数学と歴史学が苦手でして……今のようにジル様に教えていただけたら、きっと頑張れると思うのです!」

「え、でも……アリーシャから頼まれたわけでもないのに」

「大丈夫です! 次の試験を口実にして放課後一緒にお勉強しませんか? って誘えば、アリーシャなら絶対ついてくるはずです!」

「………………絶対ですか?」

「絶対です。間違いありませんわ!」


 私が自信満々に頷けば、ジル様は少し呆れたように笑った。


「まったく、貴女のその自信はどこから来てるんですか」

「ふふ……どこでしょうね?」


 といたずらっぽく返せば、ジル様が急に真剣な声音で尋ねた。

 

「――――貴女はどうしてそこまでしてくれるのですか?」

「え?」

「昼間のことといい今のことといい、貴女はまるで僕とアリーシャの仲を取り持ってくれているように見えます」


 ジル様の鋭い指摘に、私は何て答えたらいいかわからずに口をつぐむ。

 私自身、どうしたいのかわかってはいないというのが正直なところで、どうしてと聞かれても困る。

 ジル様とアリーシャが仲がいいのはいいことで嬉しいはずなのに。

 それなのに、そのアリーシャは私ではなくて、本当だったら私がそこにいたはずなのにと思うと、やりきれない思いがこみ上げてきて泣きたくなる。


「ほんとう……どうしてなんでしょうね……」


 ぽそりと小さく呟いた言葉にジル様の反応はない。

 ただ一つだけ、確かなことがあった。


 もうコーデリア様には奪われたくない。


 私は間違えた。ほんの些細な気持ちのすれ違いから、取り返しのつかないことになってしまった。

 だからこそ中庭で仲良く話す二人を見て、この時を生きるアリーシャには間違えてほしくないと思った。

 もしあの時間違えなかったら、私の未来は違うものになっていたのかもしれない。

 私はやり直すことはできないけれど、間違えなかった未来をここから見ることならできるかもしれない。

 幸い、私はこの先起こることを知っている。

 アリーシャの行動を変えることはできないかもしれないけれど、ジル様の行動なら変えられるはず。

 現に私が池に落として渡せなかったハンカチは今、ジル様の手元にある。

 大丈夫、きっと未来は変えられますわ。

 今度は絶対に婚約破棄なんてさせない。

 私は決意を新たにして、ジル様の『どうして』という問いに答えた。


「私、ジル様とアリーシャのことを応援したいのです」

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