第16話 眠れない夜

 深夜。

 私はジル様のベッドの中で寝がえりをうって、薄暗い天井を見つめた。


 ――――――眠れませんわ。


 今日は朝から色々あったはずなのに、全然といっていいほど眠気がない。

 私はベッドに寝転がったまま手を暗闇に伸ばして開いたり握ったりしてみる。

 ジル様は眠ってしまったのか、体の支配権は今は私にあるようだ。

 そのまま暫くゴロゴロしていたけれど、退屈に耐えかねてむくりと起き上がった。

 いつものように寝る前に日記でも書けば眠くなるかしら。

 習慣にしていたことをすれば、眠くなるかもしれない。

 思い立った私は物音を立てないようにそろりと机に近寄ると、二段目の引き出しを開けた。

 そこには先程ジル様が予習をしているときにメモ帳代わりに使っていた便箋が入っている。

 バートル領は製紙業が盛んで紙には困らないと昔ジル様が言っていたから、きっと一枚くらいいただいても問題ないだろう。

 すみません、ジル様。一枚いただきますわね。

 淡い黄色の便箋を一枚取り出して机に向かう。

 机の上の小さなランプが灯ったままになっているおかげで手元は明るい。

 私は机の上に片ひじをついて頬杖をつくと、ランプの中で揺れる小さな炎を見つめた。


 さて、何から書きましょうか。

 卓上に立てかけられていた羽ペンを手に、今日のことを思い返した。



 ***



 目が覚めたらジル様になっていたことや、アリーシャのこと、ブライト様とのお話、それから今の状況とこれからのこと。

 するすると今日の出来事と思ったことを書き終えた私は、ようやく眠気を覚えた。

 自分の状態や気持ちを書き出したおかげか、もやもやしていた気持ちはだいぶすっきりしていた。

 ジル様にアリーシャだと信じてもらえないのは辛いけれど、割り切らないと。

 私は死んで、ここには生きているアリーシャがいるのだから。


 うじうじ悩むのはもうやめにしましょう。


 私は自分の気持ちに蓋をするように、便箋を四つ折りにして小さく畳んだ。

 机の横に備え付けられたゴミ箱に捨てようとして、ふと思いとどまる。

 ゴミ箱を漁られることはないとは思うけれど、何かの拍子にジル様に見られないとも限らない。

 捨てるにしても一度どこかに隠して確実に廃棄する方法を見つけてからにしようと思った私は、ひとまず隠し場所を探すことにした。

 机やチェストの引き出しを開けてみたものの、隠し場所としてはいまいちな気がする。

 そうしてふとベッドの下を覗き込んだ私は、水色の小さな箱がベッドの足に隠れるようにして置いてあるのを見つけた。

 お年頃の殿方はベッドの下にいかがわしい本を隠してらっしゃるって聞いたことがあるけれど……まさか!?

 勝手に見てはいけないと思いつつも、好奇心に負けて手を伸ばす。

 両手に収まるくらいの箱の上部にはほんのりと埃がかぶっていて、しばらく開けられたような形跡はない。箱が置かれていた床にも、くっきりと埃の跡が残っていた。

 子供の頃に大事なものを箱にしまってベッドの下に隠していたことはあるけれど、ジル様もそうなのかしら。

 明らかにいかがわしいものではなさそうだけれど、何が入っているのかが気になって小さく揺すってみる。

 持ち上げた感じはとても軽くて、揺すってみるとカタカタと何か固いものが箱の側面にぶつかるような音がした。

 ちょっと見るだけと思って箱の蓋をそっと持ち上げてみると、中には薄いガラスに挟まれた四葉のクローバーの押し花が入っていた。

 随分前のものなのか、クローバーは茶色く変色してしまっている。

 けれど、ガラスにしっかりと挟み込んで劣化しないようにしているところを見ると、とても大事にされているようだった。

 ジル様が持つにしては可愛らしいものに微笑ましい気持ちになる。

 しばらく開けられた様子もないですし、少しの間だけこの箱を間借りさせてもらってもいいかしら。

 いい加減眠くなってきたので、ひとまず押し花の横に小さく折りたたんだ便箋を添えて蓋を閉めた。

 ベッドの足の影に元あったように箱を戻して布団に潜り込めば、あっという間に眠りに落ちていった。

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