第11話 ヒーローは遅れて目覚める
とりあえずジル様っぽく剣を構えた私は、同じように剣を構えたライアン様と向かい合って距離を保ちながら内心頭を抱えていた。
どうしてこんなことに……。
自分のせいなのはわかっているけれど、もっと他にやりようがあったのではないかと思わずにはいられない。
とりあえず、こうなってしまったからには後戻りなんてできない。集中。集中しなければ。
私はライアン様の動きを見逃さないように全神経を集中させる。
どちらも動かないまま見つめあった後、しびれを切らしたようにライアン様が地を蹴った。
それをしっかりと捉えることができた私は、振りあげられた切っ先を受けられるように斜め下から剣を振り上げる。
ジル様の体は私の思った以上に軽やかに動いてくれた。
ライアン様の一撃を剣で受ける。
重っ……。
さきほどブライト様と軽く打ち合った時とは比べ物にならないほどの衝撃を手に感じる。
その衝撃に剣を取り落としそうになって、柄を握る手に力をこめる。
振り上げた勢いでライアン様の一撃を弾くことに成功した私は、続けて振り下げられた攻撃を急いで構え直した剣で受け止めた。
ギンっという金属同士がぶつかる音が響く。
攻めるライアン様が煽るように声を上げる。
「おいおい、受けるだけじゃ俺には勝てないぜっ!」
「ぐ……」
そんなの言われなくてもわかってますわ!
受けられているだけでも奇跡なのに、無茶言わないでくださいます!?
内心毒づきながら、相手の動きを必死に目で追いかける。
繰り出される剣を受けては弾いてじりじりと後ずさる。
何か、何かないかしら。
打開策を探して目をそらした一瞬の隙をつかれて、力強い一撃が振り降ろされる。
受けそこなった私は剣こそ取り落とさなかったものの、後方に吹き飛ばされてしまった。
地面に尻もちをついた私に向かって、ライアン様が一気に距離を詰めてくる。
ダメ……!
私はぎゅっと目をつむって迫りくる衝撃に身をすくませようとした時、急に口が動いた。
「……痛いと思って起きてみたら、これは一体どういう状況です!?」
言い終える前に、驚くほど素早く立ち上がって体制を立て直したジル様の体は、振り下ろされた剣をいとも簡単に弾いてライアン様を弾き飛ばすと、今度はこちらから距離を詰める。
それから一撃、二撃と繰り出せば、防ぎきれなかったライアン様が尻もちをついた。
そうして、ライアン様の喉元でピタッと切っ先を止める。
「ま、まいった!」
一気に形成を逆転されてしまったライアン様は敗北を宣言すると、苦虫を噛みつぶしたような顔でこちらを睨みつける。
「くそっ、油断した」
「僕の勝ち、ですね――――約束、覚えてます?」
突き付けた剣を鞘に戻して、いつの間にか目を覚ましたジル様が尻もちをついたままのライアン様に手を差し伸べる。
どうやら体の支配権はジル様に戻ったようで、私はまた自由に動くことができなくなっていた。
忌々し気にその手を取って立ち上がったライアン様は大きなため息をついて、がしがしと後頭部をかいた。
「ああ、くそっ! 悪かったよ」
その全く悪いと思ってない態度に、私は憤りを抑えきれずに口を開いた。
けれど、私が言うよりも早くジル様の言葉に遮られてしまう。
「謝るのは僕じゃないでしょう?」
「…………」
「もともとこの勝負はそういうものだったはずです――ああ、そうだ。貴方が勝手に追加した『負けた方がお昼を奢る』という話、僕は結構ですから」
なんでしょう。言葉は丁寧だけれど、ジル様が怒っていらっしゃいます。
ジル様の顔を見たライアン様は顔を引きつらせて、渋々といったふうにブライト様に向き直る。
急にライアン様と向かい合うような形になったブライト様がびくりと体を震わせた。
「ブライト、その……悪く言ってすまなかった」
「あ……うん……いいよ、僕気にしてないし……」
深々と頭を下げられて、困惑気味なブライト様が小さな声で謝罪を受け入れる。
用は済んだとばかりに踵を返したライアン様の背中を見送って、ジル様はやれやれと大きく息をついた。
「――――それで、どうしてこんなことになったんですか?」
声の届く範囲に他の生徒がいないことを確認した上で、ジル様が口を開く。
ブライト様の方を向いていないので、この問いは私に向けられたものだとわかる。
お顔を見ることは叶わないけれど、きっと怒ってますわ。
ああ……どうしてこうなってしまったのかしら。私はただジル様の代わりに授業に出ようと思っただけですのに。
ライアン様との勝負だって、本来なら受けるべきではなかったのです。
それでも、どうしても我慢できなかったのだから仕方がない。
もういっそ開き直って大人しく怒られようと腹をくくる。
「…………だって、許せなかったんですもの」
「ん?」
「ライアン様が……あの方がブライト様にあまりにも失礼なことをおっしゃるものだから……!」
先程のことを思い出して思わず語尾を荒げると、すぐ近くにいたブライト様がびくりとする。
私はジル様が何か言い出す前に更に続ける。
「勝手にジル様の体を使ったことは謝ります! もともとジル様がお受けになったライアン様との勝負がこのような形になってしまって、お怒りになるのもごもっともだと思っています。本当に申し訳ありませんでした」
まくし立てるように一気に謝罪すると、今度はブライト様がジル様の二の腕を掴んで続けざまに口を開いた。
「ごめん、ジルベルト! 彼女は悪くないんだ。彼女は僕がレイ家の出来損ないって言われたのを怒ってくれて……それで……!」
今にも泣きそうな顔のブライト様に迫られたジル様は、一呼吸おいて口を開いた。
「それで、後先考えずにライアンの口車に乗ってしまった、と」
「……ええ、つい」
唇を尖らせて拗ねた子供のように答えれば、ジル様から苦笑が返ってきた。
「つい、ですか――――貴女、女性の方ではなかったのですか?」
「なっ……」
「口ぶりから騎士という感じでもないですし、きっと生前はどこかのお嬢様だったのでしょう? 剣なんて持ったこともなかったのではないですか?」
「う……」
図星をつかれて、言い返す言葉もない。
無言を肯定と受け取ったジル様が続ける。
「随分と無茶なことをと言いたいところですが、今回のことは僕も同じなのでとやかくは言えませんね」
「え……?」
「そもそもこの勝負自体、ライアンがブライトのことを悪く言ったのが許せなくて僕がふっかけたものでしたから」
まさかジル様も私と同じ理由でライアン様と勝負をされていたとは。お昼ご飯をかけての勝負だと思ってすみませんでした。
心の中でこっそり謝った私は、ふとジル様から険悪な空気が消えているのを感じて問いかける。
「…………怒って、ませんの?」
「怒る? なぜです? 貴女の行動はブライトのためだったのでしょう?」
「それは……そう、ですが……でも、結局私なんかでは全くかないませんで……」
「そんなことない! 僕は嬉しかったよ」
全くかないませんでしたわと言い終わるより先にブライト様が割って入ってきて、「ありがとう」とジル様の手をぎゅっと握る。
ジル様は目の前にいるブライト様に一度目を向けると、目を閉じて内側にいる私へ向かって話しかけた。
「僕からも言わせてください――ありがとう、友人のために怒ってくれて」
勝手に体を使われて怒ってもいいはずなのに、ジル様はきちんと私の言い分を聞いて、あまつさえ感謝の言葉をくれる――――こんなにも不確かな存在の私に対しても、だ。
まったく……どなたに対しても平等で優しいところは変わってらっしゃいませんのね。
昔と変わらないジル様を目の当たりにして、私は唯一自由に動く口元をほころばせた。
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