第7話 ご友人による推察

 食堂でサンドイッチと紅茶の入ったバスケットを受取ったジル様とブライト様は、中庭の中でも特に人けのない北側のエリアに足を運んだ。

 ほどよく日影のできた木の下に腰を下ろすと、まずは腹ごしらえと言わんばかりにブライト様がバスケットを開けた。


「まぁ、話は食べてからにしようか――――二人分って言ったはずなんだけど、結構入ってるね」


 ハムカツサンドに卵サンド、ベーコンレタスサンド、それからフルーツサンド。

 バスケットの端っこには小さなポットと陶器のカップが二つ入っていた。

 色とりどりなサンドイッチが所狭しと詰められているのを覗き込んで、ブライト様が全部食べれるかなと苦笑する。


「きっとしっかり食べなさいという料理人の気遣いでしょう。ブライト、こう言ってはなんですが今日も酷い顔色ですよ。ちゃんと寝ているんですか?」


 ジル様がブライト様をちらりと一瞥する。

 私も朝お会いした時に思ったけれど、目の下の隈がすごい。

 ブライト様は力なく笑いながら、ベーコンレタスサンドをつまみ上げた。どうやら一つ目が決まったらしい。


「あはは……実はあんまりかな。まぁ、うちは家系的にぐっすり眠れる人の方が少ないから」


 言外に心配いらないよと言われてしまえば、ジル様も黙るしかない。

 美味しいうちに食べちゃおうと促されて、ジル様は迷わずに卵サンドを手に取る。

 そういえば、ジル様はいつも一つ目は卵サンドからでしたわね。

 口に入れられた卵サンドを咀嚼しながら、懐かしい味と思い出に目を細める。

 思えば、こうしてよく三人でお外でランチをしたものです。

 目を閉じれば学園にいた頃の楽しかった記憶がありありと思い出された。



 ***



 ブライト様は手にしたサンドイッチの最後のひとかけらを口に入れて飲み込むと、食後の紅茶を淹れて「それで?」と本題に入った。


「あの後、アリーシャ嬢と会ったんでしょ? どうだった?」

「どうもなにも、アリーシャに変わりはありませんでしたよ?」

「変わりなかった……? 本当にアリーシャ嬢に変わりはなかったんだね?」

「ええ、いつも通りでしたね」


 ジル様の話を聞いて眉間にしわを寄せたブライト様は、口元に手を当てて何かをぶつぶつと呟いている。

 ややあって、ブライト様に朝と同じ問いを投げかけられる。


「ねぇ、ジルベルトの中の人。君は本当にアリーシャ嬢なの?」

「…………わかり、ませんわ。だって、私……自分がアリーシャだと証明できるものを何一つ持っていませんもの……」


 私はブライト様の問いに、今度は自信をもって答えることができなくなっていた。

 アリーシャ本人を見て、あれは間違いなく自分だと気づいてしまった。対して、私がアリーシャだと証明できるものは記憶くらいなものしかなくて。

 それすらも妄想ではないかと言われてしまえば、胸を張って「違います」と言い返せるだけの自信が今の私にはなかった。

 唇をかみしめて押し黙ってしまうと、三人の間に沈黙が落ちた。

 ややあって、ブライト様がとんでもない方向へ一石を投じてくれた。


「ちなみにさ、ジルベルト。君、女性になりたいとかいう願望あったりする?」

「なっ……あるわけないでしょう! いきなり何を言い出すんですか!!」

「そうですわ! いくらブライト様でもそれはあんまりです!」


 二人に――正確にはジル様一人にですが、代わる代わる非難されたにも関わらず、ブライト様はどこ吹く風といった感じで楽しそうに笑い声をあげた。


「まぁ、実際女性になりたいあまり、自分とは全然別の人格を作っちゃうって人も世の中にはいるんだけどね。君の場合はオーラが二人分見えてるから、それじゃないから安心して? さぁ、冗談はさておき。ジルベルトの方は昨日の夜何も変わりなかったかい?」

「昨日の夜、ですか……特に変わったことは――――ああ、そういえば夢を、見た……ような……?」

「それ、どんな夢? 思い出せる?」

「んー……誰かが、泣いている夢です。なんだかほっとけなくて、声をかけたような気がするのですが……」

「………………それじゃない?」

「それ?」

「君が不用意に声をかけたのが原因じゃないかってこと」

「いや、だって夢ですよ!?」

「夢と深層意識は表裏一体だよ。たとえ君にとっては夢の中の出来事だったとしても、実際には泣いている彼女に声をかけて体に呼び込んじゃったなんてこともありえるんだ」

「では、このおかしな状況は僕が彼女に声をかけたせいだと?」

「あくまでその可能性もあるって話――――さて、続きはバスケットを返してきてからにしようか」


 そう言うと、ブライト様は手に持っていた紅茶入りのカップを一気にあおって、空になったカップをバスケットに戻した。ジル様も同じように紅茶を飲み干してカップを片付ける。


「それなら僕が――――あれ……?」


 立ち上がったジル様の足元が揺らぐ。たたらを踏んで踏みとどまるのを見たブライト様がやんわりとジル様を押しとどめる。


「いいから座ってなって! 朝から色々あって疲れてるんだよ。せっかくだから、ごろごろしながら彼女と親睦でも深めててよ」


 片付けは任せて、とブライト様はひょいっと立ち上がると、空のバスケットを手に軽やかに食堂の方へ駆けて行ってしまった。

 その後ろ姿を見送った私は、二人きりにされたこの状況を急に意識してしまう。

 それもこれも『彼女と親睦でも深めててよ』なんて言われたせいに違いない。

 どどど、どうしましょう。この状況で一体何をお話ししろというんですの!?

 私はジル様と親睦を深めるための効果的な第一声を考えるべく、頭をフル回転させた。

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