第6話 ご友人と昼食を

 午前の講義を受けていた私は、授業が終わるベルの音で我に返った。

 悶々と考え事をしていたせいで、内容がまったく頭に入ってこなかった。

 あとで誰かにノートを見せてもらいませんとと思っていたところで、机上に広げられたノートに綺麗な字が書き連ねてあるのを見つけた。

 ああ、そうでしたわ。今はジル様の体の中にいるのでした。

 すごくわかりやすいノート……さすがジル様ですわ。

 こんな状況でもジル様はしっかり授業を受けていたようだ。

 ジル様がノートや筆記用具を片付けていると、斜め前の席に座っていたブライト様が体を捻ってこちらを振り返った。


「ジルベルト、お昼行こう!」


 僕お腹すいちゃったと人懐っこい笑顔を向けられて、私もジル様も頬が緩む。

 急かされるように席を立つと、窓際の一番前に座っていたアリーシャと目が合った。彼女は「いってらっしゃい」と口だけぱくぱく動かして、ジル様にこっそりと手を振る。

 学園ではそれぞれの交友関係を優先することにしているので、お昼は別々なことが多い。きっと彼女もこれからご友人たちと学食に行くのでしょう。

 ジル様もアリーシャに手を振り返して教室を出た。



 ***



 人の流れに乗って食堂へ向かうと、白を基調とした室内はお腹をすかせた生徒でごった返していた。

 とはいえ、ここは貴族が通う学園。

 みなさんお腹はすかせていてもそれを顔には出さず、にこやかに談笑しながら列を乱すことなく配膳の列に並んでいる。

 ブライト様と一緒にその最後尾に並ぶ。

 少し離れたところにある注文カウンターを眺めながら何を食べようかと思案していると、ブライト様にテイクアウトするから中庭で食べようと誘われる。


「色々聞きたいこともあったから、朝のうちにバスケットでって頼んでおいたんだ。今日は天気もいいし、外の方が何かと都合がいいでしょ?」

「用意周到ですね」

「だって、あれからどうなったのかずっと気になってて……講義も全然頭に入ってこなかったし」


 肩をすくめて言うブライト様に、ジル様は呆れたようにため息をついた。


「…………あとでノートを貸しましょう」

「げ。見てたの!?」

「見なくても斜め前の席なんですから、どうしても目に入るんですよ。全然ノートを取ってなかったでしょう」

「一応、講義を聞いてるふりはしてたよ?」

「なおさら駄目です!」


 突っ込むジル様に、ブライト様は「真面目だなぁ」と苦笑した。

 そんな二人の会話を聞きながら、私は配膳が済んでテラス席へ向かうご令嬢のトレイを眺めていた。

 学食なんて久しぶり……どれも美味しそうですわ。

 空腹とか全然感じていなかったはずなのに、横を通り過ぎていくランチの数々を見ていたら急にお腹がすいてきた。

 朝といい今といい、この体の急激な感覚の変化は一体どうなっているのでしょう。なんだか空腹で頭がぼんやりしてきましたわ。

 ふわふわのパンケーキの脇に添えられたアイスとミルクピッチャーに並々注がれたメープルシロップに目が釘付けになる。

 私はおもむろにため息をついて、今しがた通り過ぎていったご令嬢が運んでいたパンケーキに思いをはせた。それもこれも、ジル様とアリーシャがパンケーキの話をするからですわ。


「…………パンケーキ、私も食べに行きたかったですわ……」


 ぼそりと呟いた瞬間、ジル様に口を塞がれる。

 しまった、うっかり思ってることが口に出てしまいましたわ。


「ご、ごめんなさい……!」


 咄嗟に謝ったけれど、それもまずかった。

 くぐもった声がジル様の手の間から漏れて、私はまたしてもやらかしてしまったことに気づく。

 傍から見たら、女言葉を口にしたジル様が咄嗟に口元を押さえて謝罪を口にしたようにしか見えなかっただろう。ちょっと危ない人っぽい。

 慌てて辺りに目配せしてみる。

 幸いみなさんご友人とのお話に夢中になっているようで、こちらの様子に気づいた方はいないようだった。

 ただ一人、目の前のブライト様を除いては。

 ブライト様はこちらを見たまま口元を抑えて肩を震わせている。


「大丈夫。僕はちゃんとわかってるから……ぶふっ」

「………………」

「ごめん、ごめんって……そんな睨まないでよ。ちゃんと話聞くからさ」

「………………」


 ああ、どうしましょう……ジル様、絶対怒ってます。

 でも、ここで私がまた口を開いたらややこしいことになってしまう。

 口に出さないと伝わらないもどかしさを感じながら、私は全神経を集中してお口チャックに努めることにした。

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