第4話 ジル様のご友人

 体の支配権は私からジル様に移ったらしく、口以外は自由に動かすことができなくなっていた。

 ジル様は慣れた様子で学園指定の紺のブレザーに着替えて身支度を整えると、学園へ向かう馬車へと乗り込んだ。

 殿方が着替えるところなんて見たことのなかった私は、ほどよく筋肉のついたジル様の体にうっとりと見惚れてしまった。

 普段の私ならはしたないと赤面して目をそらしているところでしょうけど、開き直った私は遠慮なんていたしません。眼福眼福。



 ***



 バートル家の馬車に揺られて学園に向かう途中、私はジル様に学校では絶対にしゃべらないでほしいと懇願された。

 現状を考えると、私も事を荒立てる気はないので快く同意した。

 でなければ、ジル様は急に女言葉をしゃべる危ない人に認定されてしまう。

 そこは私も本意ではないのです。決してジル様を困らせたいわけではないので。


 いつもより早く学園についたジル様は教室には向かわずに、別のところに向かっているようだった。

 まだ朝早いということもあって廊下には人っ子一人いない。

 教室とは反対の特別棟へ続く渡り廊下を歩きながら、私は躊躇いがちに口を開いた。


「あの、教室には行かないのですか?」

「……学園ではしゃべらないでくださいと言いましたよね?」

「いいではありませんか。誰もいないのですし」


 一応、周りを確認してから声をかけましたわよ。

 テレパシーのように考えていることを口に出さないで伝えられればいいのだけれど、残念ながらできないのだから仕方がない。同じ体を使っているんだから、心も共有してもいいでしょうに。

 ジル様は周りを見渡して誰もいないことを確認すると、はぁと大きなため息をついた。


「…………わかりました。何か聞きたいことでも?」

「あの、ジル様はどちらへ?」

「図書室ですよ。こういったことに詳しい友人がいるので、授業が始まる前に相談しておこうかと思いまして」

「ご友人、ですか」


 誰でしょう? 私も知っている人かしら。

 ジル様の交友関係を思い浮かべながら、図書室のドアをくぐる。

 本が傷まないように配慮された図書室の中は朝でも薄暗い。

 閲覧スペースを一瞥して誰もいないことを確認すると、ジル様は真っすぐに貸出カウンターを目指し、そこに座って本を読んでいた私たちの共通のご友人であるブライト・レイ様へと声をかけた。


「おはようございます、ブライト。ちょっと他言無用で相談にのっていただきたいのですが、今いいですか?」

「おはよう、ジルベルト。珍しいね、君が僕に相談なん――…」


 襟足眺めの漆黒の髪をした図書委員の小柄な少年――ブライト様は、ジル様に声をかけられて静かに本を閉じて顔を上げ、その顔を見るや否や黒曜石のような目を大きく見開いた。


「あはは、君すごいことになってるね! 相談ってそのことかい?」

「! わかるのですか!?」


 突然笑い出したブライト様に、ジル様はカウンターに身を乗り出すようにして聞き返す。

 どういうことかと私が内心首を傾げていると、ブライト様は首を横に振って答える。


「いや、僕にわかるのは君に二人分のオーラが見えるってことだけだよ――それで? 一体何がどうしてそんなおかしなことになってるのさ?」


 そういえば、ブライト様の生家であるレイ家は代々占い師や呪い師を数多く輩出している特殊なお家だったことを思い出す。

 なるほど、ブライト様であれば今の私たちの状況がわかるかもしれませんわね。

 そうして、正面からブライト様を見て違和感を感じる。

 あら? ブライト様って、前からこんなにやつれていたかしら。

 小柄なのは以前と変わらないけれど、目の下の隈が半端ない。ちゃんと寝てるか心配になるほどだ。

 ブライト様に促されて、ジル様は信じがたい話なのですがと前置きをした上で口を開いた。


「朝起きたら幽霊に憑りつかれていて……」

「まさかの幽霊扱いですのっ!?」


 思わず声を上げてしまい、ジル様に咄嗟に口を塞がれる。

 ブライト様は急に女言葉になったジル様にきょとんとしてしまっている。


「ああ、もう! 貴女は黙っていてください! 話がややこしくなります」

「でもでも、幽霊はあんまりじゃありません!?」

「では、幽霊ではなかったら貴女はなんだというのですか!」

「ですから! ずっとずっとずーっと、アリーシャだと申し上げているではありませんか!!」

「アリーシャ!?」


 ガタンと音を立てて椅子が転がる。

 膝の上に置いた本がばさりと床に落ちるのも気にせず、ブライト様はカウンター越しにジル様に掴みかかって、その顔をまじまじと見つめた。

 その真剣なまなざしに圧倒されて「ブライト?」とジル様が控えめに声をかける。

 ブライト様ははっと我に返ってやんわりと首を振った。


「ごめん、ちょっとびっくりしただけ――――それで? ジルベルトの中にいる君は本当にアリーシャ嬢なの?」

「もちろんですわ!」


 胸を張って答える私とは裏腹に、ジル様は不満そうに反論する。


「でも、アリーシャとは昨日会ったと……」

「でも私は……」

「はいはい、ストップ、ストーップ! ここで話しててもしょうがないでしょ!」


 ジル様独り劇場が始まりそうになって、ブライト様が止めに入る。

 私もジル様も口を閉じてブライト様に目を向けると、ブライト様は人差し指を立ててにっこりと提案した。


「ここは白黒はっきりさせるためにも、アリーシャ嬢に会いに行ってみたらいいんじゃないかな?」

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