第10話 過去を振り返ってしまったな
僕は結局、杏奈ちゃんの頼みを受けることにした。
それは思い出のお店を探すこと。
謎解きゲームのように思ってくれたら、楽しく探せるんじゃないかなって、彼女は言ったけれど。
まぁ、たしかにお店の場所は『謎』だしね。
こういう時は、もう一人の科学部の先輩が頼りになる。
「僕らだけじゃ大変だから、大吉先輩ともう一人の先輩にも参加してもらおう。杏奈ちゃん、それで良い?」
「もう一人の先輩? 科学部って何人だっけ?」
「僕と先輩二人と……、杏奈ちゃん、君が入ってくれるなら四人になるね」
「そっかぁ、四人なんだ。良かった。少ない方が私は嬉しい」
「んっ? 杏奈ちゃんって大人数は苦手なの?」
「うん。前はそんなこと無かったけどね」
何やら意味深だな。
僕は寂しげに俯く杏奈ちゃんの表情が気になった。
そこで聞こうか迷ったのだが、結局杏奈ちゃんがなぜ大人数が苦手になったのかは聞かなかった。
教室で孤立しているわけじゃない。杏奈ちゃんはクラスに馴染めてないようには見えないのに、本人は大勢でいることを苦手だと僕に打ち明けている。
仲良くなるならこういうトコを、ちゃんと事情を聞くべきなんだろうけど僕にはできなくて。
そう。
僕って人とコミュニケーションをとるのが下手くそなんだ。だから教室でぼっちな
距離感が分からない。
怖いんだ。
人と関わり合うのは、まだまだ怖い。
踏み込めば、拒絶された中学校時代。あの日々はマトモじゃなくて。必要最低限でも話しかけては罵倒されたり、馬鹿にされ、汚い言葉や恐ろしい言葉を投げつけられた。
机に書き殴られた悪意の言葉や意地悪の数々は、僕を人間不信にするには十分な材料だったんだ。
今でも、朝一番の教室に行くようにしているのは、机に何か書かれていたら、誰かに見られないうちに消し去りたいから。
僕の通学バッグに予備の上履きとスニーカーが入っているのは、いじめをして愉しむ頭のイカれた奴らに持ち物を隠されたりした時に困らず対応するためだ。
ありがたいことに、高校ではまだそんな目にはあってはいない。
僕の足を引っ掛けて転ばしてくる卑怯な奴も、僕の弁当を床に落として嘲笑う頭のおかしな奴もいない。
一体、何が面白いんだろう。
学校で心理カウンセリングが必要なのはむしろ、イジメられている方じゃなくって、イジメをするような心の壊れた人間の方だと僕は常々思っている。
僕の物を盗んで隠すのは学校を出れば泥棒で窃盗犯だし、人をいきなり殴ったり傷つける人間は隔離して罪滅ぼしをすべきだ。僕の物を壊すのは器物損壊だろ?
なぜ、学校の中でなら許されるんだ。……いつも僕をイジメてくるメンバーに図工の時間、筆箱の角で殴られて額がぱっくりと割れ、続け様ハサミで手を切られた事がある。
これはさすがにやり過ぎたと思ったのか、わざとじゃない、事故ですとそいつは先生に謝っていた。
切られた被害者の僕じゃなくってさ、先生に謝っているのを、僕はぼーっと眺めていた。
放心していた。呆れてもいた。
なんで――?
やられた側の僕が、教室に行けずに保健室登校をしていた。学校カウンセリングを受けるように言われた。
ちょっと待ってよ。
授業を受けられない僕って、なんで?
なんであいつらは平然と授業を受けられるんだ?
納得は出来なかった。
事故なんかじゃない、故意だけど、言ったらもっと激しくいじめられ、エスカレートするに違いない。
それは避けたかった。とても怖かった。
大人は、原因やいつからだという事を知りたがる。
なぜ、僕がいじめられるのか。
いつからだ? と。
僕は大人しいから。
反論しないから。
あいつらは、むしゃくしゃの腹いせに僕を利用する。
それと単に僕が困ったり傷つくのを見るのが愉しいから。
ただそれだけなんだ。
僕を放課後、嘲笑いながら狂った様に殴り続け蹴り続けるあいつらの顔は歪んでいた。
卑劣ないじめ。大人にバレないように、僕の頭や顔を狙わず体だけを目がけて痛めつけてきた。
僕はあいつらに話しかけもしないのに、ウザいとかバイキン寄るなとか汚いとか言葉の暴力も振るわれていた。
僕は近づかない、寄ってくるのは向こうからのくせに。
まるで、狩りで得た獲物の草食動物で遊ぶ猛獣の子供のように。
それはウサギをいたぶる虎。
集団で圧倒して執拗に、じわりじわりと命を奪うんだ。
助けなんか来ない。
ドラマや本の物語みたいに、その状況から助けてくれる友達も大人も僕にはいなかった。
友達だと思っていた数人は「巻き込まれていじめにあいたくない」と告げ、あからさまに僕から離れていき、幼稚園からの幼馴染みの平くんは「有馬といたらやられるから明日から一緒に通学しない」と電話してきた。
もう心底誰も信じられなくなった。
僕は弱いが頭にきていた。
やり返せない臆病者だが、なにもかもが腹立たしかった。怒りは勉強に向けた。勉強しかなかった。同じ中学校の奴が行かない高校を選んで、必死に受験勉強をした。僕には少しレベルが高かったが頑張った。高校は評判を調べたり学校見学を何度もして生徒の表情を見て選んだ。
今思えば――
あの時は逃げれば良かった。
中学校なんかから、逃げれば良かったんだ。
逃げたって構わないんだ。
とりあえず現在は平和だ。
友達は二人の先輩しかいないけど。
それにまだ気持ちは警戒中だが、可愛い雪花杏奈ちゃんと出会えたことだって、中学時代の僕からしたら驚くべき進化だろう。
「哲平くん? 大丈夫?」
杏奈ちゃんの声にハッとする。
「あぁっ、ごめん。ちょっと考え事して、一人の世界に入ってた」
やだな、あまり詳しく考えたり思い出さないようにしているのに、過去を振り返ってしまったな。
「心配なことでもあるの?」
覗きこむように杏奈ちゃんの目は、じいぃっと僕を見ている。
「ないない。今は無いよ。あったら困る。解決したんだ」
「そう? それならいいけど」
「じゃ、じゃあ、次の部活でさっそく『杏奈ちゃんのおばあさんの思い出のお店探し』の打ち合わせをするってことでどうかなっ?」
「明日はダメ? 部室が使えなかったら、うちの庭にあるピアノ室に集まるのはどう?」
「う〜ん、明日は土曜日だよね。午前中授業だけど」
「なるべく早くしたいんだ。あのね、おばあちゃん、もうお迎えが近いかもしれないってお医者さんが言ったの」
……そっか。
それなら、急がなくっちゃいけない。
あまり時間を掛けられないな。
「ねぇ、もし見つかったら、どうするの? おばあさんを連れて行けないだろう?」
「お店で、思い出のメニューを作って貰って私が運ぶ。食べる事は出来なくっても、きっと匂いを感じられるでしょう?」
「いいね、それ。――杏奈ちゃんって、おばあさんのことが大好きなんだね」
「うん。私はおばあちゃんっ子だから。それに今のお父さんとお母さんは本物じゃないの」
えっ――?
本物じゃないって、ソレってどういうこと?
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。