第9話 近すぎてドキドキ
僕はおばあさんの部屋の後は、杏奈ちゃんに広い洋室に連れていかれた。
今までの人生で座ったこともない
「ちょっと待ってて。お茶を用意するね」
「あっ、うん。お構いなく」
杏奈ちゃんが部屋から出ると、僕はキョロキョロとあたりを見渡した。
自分でも、初めて来た家だから緊張してるせいで、落ち着きがないのが分かる。
部屋の奥には信じられないことに暖炉やビリヤード台があったり、うちなんかの何十倍ものテレビが壁にはめこまれている。
ギターや何枚もの絵画やお皿が飾られていて、大きなガラスケースには高そうなグラスや洋酒が並んでいる。
僕にはその価値は全然分からないけど、すごい家だな。
なんだか圧倒される。
「お待たせ。誰も来ないように家族には言って来たから。邪魔されたくないもの」
「邪魔されたくないって……」
「だってそうでしょ? 哲平くんだっておしゃべりしづらくなっちゃうじゃない」
「うん……。でも挨拶ぐらいは」
「良いの、良いの。また次来た時にで」
戻って来た杏奈ちゃんは、金色の持ち手に薔薇の柄のトレイに、上品でアンティークな雰囲気のティーセットとショートケーキを載せて運んで来てる。
ソファの前のガラスのテーブルに置くと「どうぞ」と彼女が微笑む。
「ありがとう」
当たり前のように横に躊躇なく座った杏奈ちゃんの膝が僕の膝に当たるから、僕はドキッとした。
「あ、あ、あのさぁ、もうちょっと離れて座ってくれないかなぁ。僕としてはあまり近くに寄って来られると、話がしづらいんですけど」
声が裏返ったのは、杏奈ちゃんの距離感にドギマギしたからだ。
なぜ、彼女は僕とくっつくように座って平気なのだろう? 異性慣れしているからか、自分に自信たっぷりだからか?
そうか! そもそもきっと、杏奈ちゃんは僕のことを、異性として男として見ていないからなんだろう。
僕の方は女子からはあまり近づかれない容姿と暗い性格だから、女子慣れなんてしてない。こんな近くに来られちゃうと困るよ〜。
「えっ? なんで? 離れてたら話がしづらいじゃない。それに他にも手掛かりがないか、おばあちゃんのアルバムも哲平くんには一緒に見て欲しいの」
あの……、まぁっ、いいか。いやいや、心臓に悪いんだよな。
「分かった。分かったけど、少しだけ離れて」
「――哲平くん。ふふっ。もしかして私が近づきすぎてドキドキしちゃってるのかなァ?」
そう言いながら杏奈ちゃんが優雅な仕草でティーカップを掴む姿に、僕は目を奪われた。
「……まさか」
そうですよ。
君の感触が僕の胸をざわつかせる。
スカートから覗く生足は破壊力が満点だ。
でも、だめだ。ダメダメだ。
僕には、心に決めたゲームキャラの愛しの二次元女子のサクラ様がいるのに、こんな出会いたての
「……んなことあるわけない。僕はリアルの女子には興味が無いんだ。僕には心に決めた素敵な子がいるから。杏奈ちゃんにはドキドキなんかしない」
「へぇ、哲平くんの大好きな女の子か。今度その子を見てみたいな」
「ネットで調べたら良いよ。有名なゲームのヒロインだから」
これは女子がどん引きする話だよな。僕の恋の相手はゲームのヒロインなんだ。いくら好きでも、現実には存在しない。
「良いじゃない。リアルじゃなくっても。人を好きになる気持ちって尊いと思うな」
はっきりと言った杏奈ちゃんの言葉が、僕の心に滝のように勢いづいて流れ込む。
僕はバッサリ斬られるかと思った。
「それに、哲平くんって、リアル世界では
「いないよ」
「じゃあ、私が哲平くんと仲良くしても誰にも迷惑かけないよね」
「ま、まぁ、そうだけど」
「良かったァ。心置きなく謎解きに付き合ってもらえるんだ」
そういうことか。
別に期待してたわけじゃない。
僕を好きになる女の子なんて、この世のどこにもいないんだから。
一瞬でも、杏奈ちゃんが僕のどこかを気に入ってくれてるだなんて、アホなこと考えたよ。
なんて愚か者なんだ。
陰キャの僕は身の程をわきまえてるつもりだった。
ちょっぴり風変わりな美少女にぐいぐいと来られたって、所詮、下僕か取り巻き程度にしかなりえないんだ。
「哲平くんには、私が初の女の子の友達?」
「うん。そうだね」
僕は感情を引っ込めた。棒読みのセリフみたいな声が出た。
「私達、初めて同士なんだから、大事にしてね」
「――っ!」
杏奈ちゃんの家族がそこだけ聞いたら、誤解を受けそうな言葉に息が止まる。顔が熱くなる。
あらぬことを想像しそうだろ。
『初めてなんだから、大事にしてね』
初めてって。杏奈ちゃんも男友達はいないのか。
僕はますますもって、杏奈ちゃんのことがよく分からなくなっていた。
明るくて人気者の陽キャかと思っていたのに、どこか寂しそうな風を感じる。
あたたかさに時々混じる涼しいモノ。
なんだ?
杏奈ちゃんに対する、自分がつけた陽キャ判定に違和感を持ち始めていた。
少し冷たい杏奈ちゃんの指先が、僕の手の甲に触れてそのまま重なった。
「実はね、私も『サクラ』のグッズ持ってるんだ」
「はっ――!?」
「そのうちカード交換しようよ。哲平くんの一番のコレクション、今度見せてね」
えっ――?
同士って、このこと?
嘘だろっ、雪花杏奈もゲーム異世界英雄戦線ヒロインキャラのサクラ様のファンなのかぁ!
つづく
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