第8話 雪花杏奈と謎解きを

 ひとしきり庭でマシュマロと戯れ遊んでる間に、雪花杏奈にごり押しされて、僕は二人の時や放課後は彼女を「杏奈ちゃん」と呼ぶことになった。

「だって堅苦しいでしょう? くん」

 雪花杏奈……、杏奈ちゃんは僕のことを姓の「有馬」ではなく、名の方の「哲平」で呼ぶようにしたみたいだ。

 学校では今まで通り「雪花さん」と呼ぶことに。あと、僕らの周りに他者がいる場合は臨機応変に、だ。

 からかわれたり、杏奈ちゃんを好きな男子からやっかまれるのは避けたい。男の嫉妬は案外と執念深いのだ。

 名前で呼び合うなんてさ、照れくさくって恥ずかしくって。断ろうとは思ったのだが、ちょっとだけ嬉しかった僕って一体……。

 すっかり杏奈ちゃんのペースに巻き込まれている。

 こんな風に女子と他愛もないやり取りをするのは、久しぶりすぎた。

 何年ぶりだろう?


 彼女は僕に「ついて来て」と告げて長い廊下を行く。僕は杏奈ちゃんの部屋に行くのかと思ったら、襖を開けた先には広い畳の部屋で、介護用の大きなベッドに眠るおばあさんがいた。

 ベッドの場所だけ絨毯が敷いてある。

「私のおばあちゃん。もうずっと意識がないの。寝たきりなんだ」

「そうなんだ……」

 杏奈ちゃんは寝てるおばあさんの手を取り、両手で握りしめた。

「おばあちゃん、お友達の有馬哲平くんが来てくれたよ」

「こんにちは」

 僕は静かにおばあさんに挨拶をして、ふと枕元に葉書きが置かれているのを見つけた。

 ――それには、手書きの絵が描かれている。

 海沿いに建つ一軒の白い屋根に青い壁のお店。

 テラスでは恋人たちだろうか? 語らうように顔を近づけている。

 髪をみつ編みにしたセーラー服の女子と学ランを来た男子。

 テーブルに並ぶのはカレーライスとピンク色のクリームソーダ(珍しい色だなぁ)が二つずつ。そして、学生帽。


「おばあちゃん、ほら、何度か話したでしょう? 哲平くんだよ」

 杏奈ちゃんは返事のないおばあさんににこやかに話しかけている。たぶんいつも、毎日のようにおばあさんにこうして話をしているんだろう。

「私ね、哲平くんと一緒に必ず、おばあちゃんの思い出のお店を探し出すからね」

 ……えっ?

「ねぇ、まさか――。そのお店の場所が謎なの? 手がかりはその一枚の葉書きだけってことはないよな?」

「ふふ〜ん。さすが哲平くん。私が見込んだだけあるね。そのまさかなのだよ。この一枚の葉書きが手掛かりなの」

 全然さすがじゃないよ、僕は探偵でも天才高校生でもない。

「冗談だろ? 手書きのイラストだよ。写真ならまだしも。日本中を探すっていうのか。海沿いのカフェってどんだけあるんだよ。しかもおばあさんの思い出のお店って何年前の話? 今もあるって確証はないよね」

 僕がまくしたてるなか、杏奈ちゃんは微笑みを浮かべていた。

「だいじょ〜うぶ! 県内のカフェらしいから」

 県内っておいおい。僕らの住む県は日本列島の出っ張りだから、どこもかしこも海に面しているじゃないか。

 僕はただただ唖然としながら、いたずらっ子のようにテヘッと笑う杏奈ちゃんの顔を穴が開くほどに見つめていた。



        つづく





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