第7話 雪花杏奈の飼い犬はマシュマロ

 雪花杏奈の家は、とても立派な佇まいの一軒家だった。

 転校してきてるから、どこかから引っ越してきたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 木製の門の横のインターホンを雪花杏奈が押すと、カチャリと鍵が開けられたであろう音がした。

「杏奈、お帰り」

 インターホンからは、落ち着いているけれど若い感じの女の人の声がした。

「ただいま」

「失礼します」

 インターホンのモニターには僕の姿が映っていて、たぶん雪花杏奈の家族が画面越しにこちらを見ているだろう。

 僕は少ししゃきっとして、僕からは見えない相手に会釈をした。

 雪花杏奈に促されて重厚な木製の門をくぐったら、眼前にはやたらめったに広い芝生の庭と日本庭園があった。

 奥には平屋造りの大きな日本家屋が見える。

 地主とかのイメージ、うん、お金持ちそうな家だ。

 昔からこの場所に在る家という雰囲気。建物には今どきの新しさはなく、近づきがたいふるさを感じる。

 外観はテレビで見た、有名人の誰かの邸宅みたいだ。

 芝生には大きな犬小屋があって、そばには少々年老いた風のゴールデンレトリバーが寝そべっていたが、雪花杏奈の姿を見つけるなり、一生懸命走って来た。

「わふっ、わんっ、わん」

「マシュマロ、ただいま」

 マシュマロ、この犬の名前はマシュマロっていうんだ。

 ……かわいい。

 マシュマロはクリーム色の毛にくりくりの瞳、動きはゆっくりとしているけれど、健康そうだ。

「有馬くんは犬は好き? 大丈夫?」

「好きだよ。アレルギーもないし。でも僕ん家は犬は飼えないんだ」

 マシュマロはごろんと芝生に仰向けに転がって、お腹を雪花杏奈に差し出している。どうやら撫でて欲しいらしい。

「マシュマロは大人しくて優しいよ? 噛んだりしないから有馬くんもマシュマロを触ってみて」

 雪花杏奈はしゃがんで、優しくゴールデンレトリバーのマシュマロをわしゃわしゃと撫でたり、ゆっくりさすると、マシュマロはうっとりとした表情をして喜んでいる。

「……やめとくよ。だって可愛いからさ。うちにも欲しくなっちゃう」

 僕は何言ってんだ。

 犬を飼いたい。

 それは確かに幼い頃からずっと思っていたことだけど叶わないこと。

 僕にはないけど、両親にはアレルギーもあって、持病が悪化してしまうので動物は飼えない。

 しかしなんで、僕は雪花杏奈に本音を漏らしてしまったのだろう。


「ねぇ、有馬くんがおうちで飼えないなら、マシュマロを可愛がったら良いよ。有馬くんなら私の家にいつでも来ていいんだからね」

 雪花杏奈が僕の手を握り引っ張って、僕は半ば強制的にしゃがんだ姿勢になる。

「わふっ」

「おぉっ」

 そこに仰向けだったマシュマロが起き上がり、僕の顔をいきなり舐めた。

 くすぐったいや。

 僕がマシュマロのあごを撫でると、なんとも言いがたい幸福感がじゅわわ〜っと心に満ちた。

 マシュマロはあったかくて、もふもふとして気持ちがいい。

「ふふふっ」

 久しぶりだった。昔はよく友達の家の子犬を触らせてもらったりしていたけど。動物を触った日は、毛などを部屋に持ち込まないように家に帰ったらすぐにお風呂に入らないといけない。

 全力で遊び疲れた日はお腹が空いて眠たかったし、それはちょっと面倒だったけど。

 僕はそれでも子犬に夢中で会いに行った。


 ――雪花杏奈の家にマシュマロに会いに通う。

 悪くないかもしれない……いや、やはり良くないな。これでは僕が雪花杏奈を利用しているみたいになりはしないか。

 僕が妄想に耽っていると、雪花杏奈はクスクスと笑っていた。

「顔が百面相っていうの? 難しい顔をしたりニンマリ笑ったりして、やっぱり面白いね。有馬くんって」

「ごめん、マシュマロに毎日会えたら楽しいだろうな――とか、考えてた」

 雪花杏奈の顔が優しく僕を見てる。

 僕はちょっぴり気持ちが緩む。


 ま、まぁ、友達としてなら、女子と仲良くなったっていいだろう。

 そうだ。

 なかには僕を疎ましく思わない女の子だって、まれにいるかもしれないのだから。



         つづく




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