第6話 雪花杏奈と恋の話

 僕はなぜだか、雪花杏奈に気に入られたようだった。

「良かったら私の家で続きを聞いてくれないかな?」

「僕はまださ、謎解きを手伝うともなんとも返事をしてないんだけど」

 とかなんとか言いながら、僕は雪花杏奈の家に向かっていた。


 僕の頭にふと浮かんだのは、唐沢大吉部長の顔。

 ――情けは人の為ならず。

 このことわざは唐沢大吉部長が大好きだ。

『なっ、有馬。人助けはしておいた方が後々自分に良いことが巡ってくるんだぜ? 我らは南高科学部の紳士だ。積極的にこの世界で困っている人々を助けようではないかあぁぁ〜ぁぁ』

 いつかの部活で、ミュージカル調でそう言いながら、唐沢大吉部長はくるくる回ってた。

 彼はお人好しで頼みを断れない性格の自分(自覚がある)が、いつか報われる日が来ると信じている。

 こんな風に唐沢部長の言葉がよぎるのは、僕にとって影響力が大きいということだ。

 同じ陰キャでも、唐沢部長は僕なんかよりよっぽど明るく前向きだ。


「私は有馬くんなら付き合ってくれると思ったんだ」

 ふと少し前を歩く雪花杏奈が振り返ると、真顔で言った。そのあとは、ちょっと苦笑いをして……。寂しげに見えたのは演技なのかなのか。

 僕は彼女を放っておけないと思ってしまった。

「なんで僕?」

「なんでって?」

 おいおい、質問に質問で返してくるってなんだよ。

「僕が訊いているんですけどね。クラスの女子じゃ駄目なわけ?」

「私ってさ、女子受けしないみたい」

「女子受け? ――危ないっ」

「きゃっ」

 わりとスピードを出して自転車が通ったので、僕は無意識に雪花杏奈の腕を掴んで自分に引き寄せた。

「危なかったね。雪花さん、大丈夫か?」

 歩道と車道の境のない道路を歩いていたけど、自転車はもうちょいスピード落とせよな。

 近づいた雪花杏奈の顔は少し赤らんでいた。ふんわり髪の毛からフローラルな香りがして、僕は一瞬ドキッとした。

「あのさ女子受けしないって……。雪花さんって、男子にモテすぎるから、クラスの女子が嫉妬してんだろうな」

「私、そんなにモテないよ……」

 雪花杏奈の目線は泳いでいた。

 彼女が南高の男子の視線を集中的に奪っているのは、僕も気づいていた。

 もしかして、転校早々告白とかされてんのかもしんないな。

 僕なんか自慢じゃないけど、人生一度も告白されたことない……、いや、――あったわ。

 うーん、いやいや、だが、あの時のあれ……、あれはあの告白はノーカウントだ。

 実は一度女子から告白されたことがあったが、とても苦々しい思い出で、それがきっかけで僕はどん底の中学校生活を送ったのだ。

 もうっ、もうあのことは思い出したくもない!

 だから――。

 僕は三次元の女子に恋しないのだ。

 二次元の可愛い女の子が一番だ。

 だって、リアルの女子は僕のことを残酷に裏切ったり騙したりする。


 目の前の雪花杏奈だって、僕がもし恋愛感情という名の好意を持ったらきっと離れていくんだと思う。

 今はこんなに近い距離で話し、僕を少なからず頼ろうとしてくれていたとしたって。





          つづく





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