第5話 雪花杏奈とレトロな喫茶店にて

 僕の目の前には、僕とは大して親しくない美少女が座っている。

 緊張していいはずだが、初めから僕は彼女の恋愛対象にはなり得ないのを分かりきっているからか、心はわりかし穏やかだった。

 これが雪花杏奈以外ならば、心臓がドクンドクンどこんどこんと早鐘を打ち鳴らし、せわしなく動いたのではないだろうか。

 だって雪花杏奈はちょっと人を振り回し気味で、先は読めない行動をしてくるし、僕を上手く活用、利用しようとしているに違いない。

 絶対利用されてやるもんか。


 雪花杏奈に腕を引っ張られ連れられ入ったのは、学校近くの喫茶店。

 店内はレトロチックで、音楽はジャズが静かに流れ、とても気持ちが落ち着く良い雰囲気だった。

 ――ここには、初めて入った。

 お洒落な喫茶店なんて、学校のそばにあったって僕とは無縁の場所だから。ぼっちだし、そもそも度胸のない僕にはこういうお店は敷居が高い。


 でもここって。

 なんだか居心地が良いな。

 ソファの座り心地も最高。

 それに、……いい匂い。

 珈琲の香りと焼かれたパンの匂い?

 あとは甘いクリームの香りもしてる。

「私はクリームソーダにしようかな。有馬くんは? 奢ってあげるよ」

「あのね、僕は君には奢られませんよ〜だ。借りを作ってはあとが怖そうだからね」

「そう。遠慮なんてしなくて良いのになァ。ふふっ」と、雪花杏奈は、肩より少し長いサラサラの髪が顔にかかった部分を、すうっと細い指で耳にかける。

 どきんっ――。

 その仕草は女慣れしていない僕の胸に高鳴りを与える。

 くぅ〜、バカバカしい。

 この美少女は僕のことをからかうだけのやからだ。

 胸の騒ぎよ、おさまれ!

 我が心臓よ。

「で、有馬くんは何にする?」

 雪花杏奈は僕に、赤茶色の分厚いメニュー表を差し出した。僕はろくすっぽ見ずに即答する。

「じゃあ、僕もクリームソーダで」

「そう。じゃあ、有馬くんが店員さん呼んで」

「なんで僕が……」

「こういう場面とこでは男の人がさり気なくリードすると、モテるんだよ?」

「モテんでも良いわい。だいたい僕はだね……」

「すいませ〜ん」

 何、この子。僕の話なんて聞いとらんな。僕は頭をかきむしりたくなってきた。

 雪花杏奈の透き通った声は、店内によく響き渡る。

「クリームソーダ二つください」

「はい、かしこまりました」

 びしっと制服を着こなす、スラッとした渋いウェイターのおじさんは注文を取って、ニコリと愛想よく笑った。


「ねぇ、有馬くんはお小遣い欲しくない?」

「はぁっ?」

「良いバイトがあるんだ。引き受けてよ」

「ちょっ、ちょっと待って。バイトって何? 何なんだよ」

「ふふんっ。いかがわしいバイトじゃないよ。あのね、私のおばあちゃんの想い出の場所を探して欲しいんだ」

「…………。なんだか予想もつかない展開――。急なお願いに意外な内容。雪花さんがこちらの都合を聞かずにぐいぐいと要求を押し付ける速度が早すぎて、頭が付いて来れん」

「有馬くんなら私と一緒に謎を解明してくれそうだから」

「謎? 謎解きなのか? しっかし雪花さんさ。君ね、僕のことを詳しく知りもしないくせによく言うね」

「私も変わってるって言われるけど、有馬くんも相当な変わりもんじゃない?」

「へっ?」

 間抜けヅラをしていることだろう。

「私と君は仲間。同志。うんうん、似たもの同士でもあるな。類は友を呼ぶっていうじゃない? 集団クラスではどこか爪弾き者である私達だけど、タッグを組めば、ねっ、ねっ? 無敵だよ」

 陽キャな雪花杏奈が陰キャな僕と似たもの同士なのかも理解が出来なかったが、彼女のゴリ押し加減は半端なく断る隙を僕に与えてはくれなかった。



        つづく







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る