第4話 彼女のお願い

 僕はふと気づいてしまった。

 雪花杏奈ゆきはなあんなをそっと(?)見ているのは僕だけじゃないってこと。


 クラスの奴だけにとどまらず、学校中の男子が虜になった模様だ。

 例えば、1年生のある者は切なげに、2年生のある者は情熱的な視線を向け、3年生のある者はちらちらと盗み見、皆、時々一様に憂いを帯び、ため息吐息をついている。


 時折、苦しそうに悲しげな目線を送る奴までいて、どいつもこいつも雪花さんに恋心を抱いているらしかった。

 そう、ただの冴えない男子高校生である我々にとって彼女はまさしく高嶺の花だろう。

 きっと雪花杏奈に存在を認識され、恋に落ち相手をしてもらえる人間なんて、王子様みたいなアイドルぐらい顔面偏差値やら男としてのレベルが高くないとならんだろう。


 そして、その想いが当の雪花さん本人には届きそうもないことに、失望失念しているようだ。


 へぇ〜、やっぱ世の中には注目を浴びるべき人物というか、ただ存在しているだけでも人の関心を引く人物っているんだな。


 それは魅力とか、持って生まれたモテオーラ?

 意識せずとも周りの人間を惹きつけるものがあるのだ。

 人たらしとか言ったりするらしいけど、努力して磨く魅力の他に、もっとこう素質とか持ち合わせた能力スキルに近い気がする。


 何をやってもスターになる奴って、クラスに必ずいたりする。

 羨ましいが、戦隊ヒーローなら、レッドは格が違う。ずば抜けている。

 そんな感じ。

 え〜っ! 例えがマニアック過ぎた? 分かりづらいか。


 まっ、とにかくさ、モテる人っているんだよな。

 天性のモテ素質ってもんがこの世の中には存在するわけ。


 僕には1ミリたりとも、備わってませんけどね〜。はい、ひがみ、ひがみですよ。

 僕の心は妬みで歪んでる。


 クラスのほぼ全ての男子生徒ばかりか、少なくとも女子生徒の大体は好意的に雪花杏奈ゆきはなあんなに接しているように見受けられる。


 僕の主観だがな。


 で、なんで科学部に来たいの?

 ランチタイムのためだけに。(たぶん)


 僕は今日もなんてことない日々を過ごす予定だったが、だいぶ雪花さんのせいでかき乱されていた。


 今日は学校の建物の老朽化点検があって、クラブ活動は出来なかったので、全校生徒が一斉下校となった。


 バス通学をしている僕は、学校前のバス停にいた。

「有馬くんっ」

 急に後ろから声をかけられて、びくっと肩が上がる。

 鈴の音みたいに綺麗で響く声だった。振り向かずともその声には思い当たる節がある。


 ゆっくり振り返ると、あぁ、やっぱり……。

「雪花さん」

 くりくりのアーモンド型の瞳が僕を見つめ、親しげにくすくすと雪花さんは笑う。

 あの、僕の方はそんなにまだ親しくした覚えはないけど。


「有馬くんにお願いがあるんだ。ちょっとそこでお茶しない?」


 僕と同じようにバス停に並ぶ南高なんこうの生徒が皆、ギョッとしたように見えた。

 この美少女にお願いされるのって、お前何なん? って思われてそう。


「いや、よく分からないんだけど。お願いされるような間柄ではありませんよね? 僕達」

「まぁ、まぁ。そんなこと気にしないで良いから。行こ、行こ〜」


 僕の腕をがっしり掴んで、雪花さんは歩き出す。僕の気持ちも主張も無視して。


 あ〜、道にいる周りの生徒の視線が痛い。


 もうっ、僕をどこに連れて行くつもりだよ。

 雪花さんに握られた腕が温かくて、思いがけずドキッとしてしまっているのは、誰にも知られたくない事実だ。


 こんな気持ち。

 イヤなのに。

 女子にドキドキする、僕自身の気持ちに戸惑う僕がいる。



           つづく


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