3 シアンの商談

「講習? それに引率?」


 資格講習と修学旅行が一緒になったような表現にジンが疑問を持つが、シアンは書類を見せながらすぐに答えた。


「はい。まず説明に入る前に知識の確認をいたします。ジン様は、冒険者ギルドの職員がどのように雇われるかご存知ですか?」


 ジンは突然だなと思いつつも、本題に絡む話なのだろうと判断して真剣に答えた。


「いや、知らないな。……さっきのシアンの動きとかを考えると、冒険者の退き際を引き止めて職員にするとかか?」


 先ほどのシアンの速さから、ジンは彼女をレベル20台の盗賊シーフもしくは上級職の盗賊頭ボス・シーフだと踏んでいた。それくらいでなければ、自分と同じくらいの素早さで動けるとは思えなかったからだ。


 “観察”を使えば答えはすぐにわかるはずだが、敵対しているわけでもないため不要な詮索は慎むべきだというのがジンの基本スタンスである。このあたりはプライバシー尊重をサラッと行う、転生前の経験から来る考え方と言える。


 補足しておくと、“観察”の常時発動はすれ違う人間全ての情報が脳内に入ってきて負担が大きい。これもまた、スキルの行使を必要最低限にしている理由のひとつである。


「半分正解です。私をはじめ何人かの職員はそうですし、ギルドの発足時からしばらくはそれがほとんどでした」


「今は違うのか?」


「はい、違いますね。発足してからしばらくして、ギルドの上層部は書類事、事務仕事、渉外……などなど、普通の荒くれたちが煙たがるような仕事が、大規模な組織を運営するためには多すぎるということに気がついたらしいのです」


「なんだか当然のようにも聞こえるし、気がつくのが遅すぎるような気もするが……」


「無論そういう職員がゼロだったわけではなく、職員の数に対する業務量が上の予想をはるかに超えていた、ということらしいですよ。それはともかくとして、それ以降の職員の採用は事務仕事を行う一般枠、冒険者の実力を元にギルド職員が斡旋する推薦枠の2つに分かれています。ここまではよろしいですか?」


「ああ。要は今は書類とかを扱う一般枠と、元冒険者の推薦枠が分かれているってことだよな?」


 まるで会社の総務と現場上がりの管理職だな、なんてジンは思った。


「その認識で大丈夫です。歴史的には一般枠と推薦枠が確立されてそれなりに時間が経ちましたが、今回の話はその過程で成長してしまった問題になります」


 そこでシアンは一呼吸置き、表情を引き締めて続けた。


「根本の問題として、一般枠の方の性質があります。彼らは頭が良い一方で冒険者としての経験は少ないあるいは無いため、細かなケアができない傾向にあります。例えば素材の買取をする場合、知識不足のために正確な額で捌けないことがありえます。その程度であれば学んでいくうちにどうにかなりますが、上級の冒険者には過度に尻尾を振り、駆け出しを見下すこともあります……全員が駆け出しの経験をしている、私のような推薦枠の職員からしたらあり得ないことです」


 シアンは綺麗な目を伏せ、ため息をついていた。


 ジンはジンで、そういえばインプ討伐の依頼を受ける際にタルバンのギルド職員からそんなことを言われたな、などと思い出していた。


 あの時はムカついて依頼を受けてしまっていたな……などと考えていると。


「ジン様にも、思い当たる節があるようですね」


「顔に出ていたか……すまない」


 ジンがしまったと思って反射的に顔をペタペタと触るが、シアンは少しだけ微笑んで返した。


「表情や雰囲気を読むのは私の職業病のようなものですから、お気になさらず」


「そ、そうなのか?」


「受付嬢は受付だけが仕事ではないということです」


シアンはミステリアスな笑みと共に、言葉を続けた。


「一般枠の方の問題は、人も物もお金もよく動く王都などの都市が中心です。とはいえ最大の都市である王都周辺の魔物たちはレベルが低くないため、冒険者や騎士団などでレベルを上げていない人たちを外に出すわけにもいきません。そこでハクタのような比較的安全な土地で講習のデモを行い、成果次第で本格的に講習を始めたいと上層部は考えているようです」


「ふむ……」


「先に冒険者側のメリットを提示しますと、引率者の方は現在のランクで受けられる最難関の護衛依頼を成功した扱いになります。受け取れる報酬も同様です。ですので、早期のランク昇格を目指す方や、すぐにお金が必要な方には有利だと言えます」


「……」


「……すぐにお返事は難しいでしょうが、検討いただけると幸いです」


「いや、俺が悩んでいたのはそういうわけじゃないんだ」


 ジンは無意識に顎に当てていた指を解き、シアンに向き直った。どうやらシアンは、ジンがこの講習を受けるかどうかで悩んでいると思ったらしい。


 しっかりとシアンの話は聞いていたし、講習の背景とメリットはジンなりに理解した。


 感想としては、メリットである最難関の護衛依頼というのが不明瞭で、ブロンズからしたらそこまで大きな功績ではないかもしれないが、ランクアップが近づくなら別にいいだろう、というものだ。


 ジンが悩んでいたのは、具体的な内容などから一歩戻った事項である。


「俺が考えていたのは、そんな講習の引率者としてなぜ俺なのかということだ。自分で言うのもアレだが、ギルドへの貢献度は低い。そんな奴に任せていいのか?」


 ジンは空いた左手で胸元をシアンに見せた。そこには綺麗な銅のプレートが光を反射している。


 一般的なブロンズ冒険者はギルドへの貢献度が低い。

 というより、貢献度が低いからこそブロンズであると言ったほうが正しい。


 今回のようなギルドの内情に関わる話はもっとギルドからの信頼を積み、ランクを上げ、高度な依頼をこなせるようになってからではないかと考えたのだ。


 そんなわけでジンは自分が抜擢されるのはおかしいと感じる一方で、対するシアンの表情はジンに対する不安ではなく、疑問を浮かべていた。


「これは私の説明不足ですね。今回は講習のデモのため、正直詳細な報告書を本部に渡さなくてもいいんですよ。どんな冒険者が引率をしたか、あまり関係はありません。強いて言えば低レベルの職員を守れる程度に職業ジョブレベルが高いのが必須、人格者であればなお良し、といった具合です」


「それでレベルの高い俺、か」


「はい。ジン様も感じたと思いますが、ハクタ周辺は魔物が弱いです。言い換えれば、レベルが高く強い冒険者は物足りなさを感じてしまいます。土地も交通の要所というわけではないですし、引率者に該当しそうな冒険者はほぼいませんでした」


「なるほどなあ……強さに関してはわかったが人格面はどうなんだ? それに俺は冒険者歴も浅いし……」


「ジン様」


 シアンはジンに被せるように言い、身を乗り出してきた。その強い口調と視線に射抜かれ、ジンが黙る。


「ご自分の功績を今一度思い出してください」


 言い訳じみた事を色々言っていたのを咎められるかと思ったが、シアンから出てきたのは予想外の内容だった。


「あなたはこのハクタで何を行いましたか? ゴブリンの緊急依頼の件で誰も動こうとしない中、危険を顧みず真っ先に依頼を受注。そしてその大将格を即座に倒して侵攻戦を収束……誰がどう見ても、今のハクタに貴方以上の冒険者は居ませんよ」


 ジンは黙ったまま、シアンの言葉を受け止める。


 あの時は、ジン自身とソル、それにハクタに住む人が生き残るために最善の手段をとったつもりだ。

 事前にゴブリン狩りをして準備と対策を行った上での討伐戦、職業ジョブ盗賊シーフなれなかったとしても勝つ算段はあった。


 戦わなくてはならなかった、そして勝てる戦いだったから、戦っただけだ。迷うことはなかった。


「……少し熱くなりました。そのような訳で、私はジン様が適任だと思っておりますし、引率者となってくれると大変ありがたいです」


 シアンはそう締めると、深々と頭を下げた。


「……その講習の日程は?」


「え?」


「それに講習の具体的な内容や予定はどうなっているんだ?」


「で、では……」


「俺にはハクタでやりたいことがあるんだが、それと講習の両立ができるならやってみたい。俺がどこまで教えられるかはわからないから、そこは配慮してくれると助かるけどな」

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