4 顔合わせ

 シアンとの商談(手合わせ?)の翌日、ジンは再びギルドを訪れた。


 ギルドの恒例行事である依頼の争奪戦は終わっており、冒険者の数はまばらだ。


「おはよう、シアン」


「おはようございます。資料の準備はできておりますので、こちらにどうぞ」


 ジンとシアンは軽く挨拶を交わすと、昨日と同じく商談スペースへと足を進める。


 そして昨日とは違う場所に腰を下ろすと、シアンはすぐに書類を広げ始めた。

 内容は、噂レベルのものも含めた魔物の情報だ。


「昨日の今日でよく集めたな」


「はぐれの魔物に関しては、ギルドとしても討伐しなくてはならないですから。依頼発行前のものや調査中のものもありますが、ご確認ください」


 シアンに促されて、ジンはリストを斜め読みしていく。


(黄色いスライム……は“イエロースライム”。その次の大きなコウモリは“ジャイアントバット”……いやこの説明書きだとただの“バット”か? もしバットなら倒してるから優先順位は低い。んで次は……お、特徴通りなら“ハムハムスター”がいるかもしれないのか。あいつはドロップが美味いからまだ残ってるといいな)


 などなど、ジンが魔物の情報から討伐の優先順位をつけていると、シアンから話しかけられた。


「“ハクタに普段いないような魔物を討伐する、すでに依頼が出ているものでも構わない”というのがジン様のやりたいこと、そう聞いた時は冗談と思いましたが……その様子だと本気のようですね」


「ああ、今倒せなくても、長い目で見れば問題はない。それに人様にそこまで迷惑をかけることもないだろうしな」


「……お優しいのですね」


「皮肉か?」


「いえ、本心ですよ。ジン様の実力があれば横取りも容易いでしょうから」


「……やっぱり皮肉じゃないか」


 表情を変えずに2度も毒を吐くシアンに、ジンは苦笑いをして答えた。


 そしてそれから少し後、ジンは紙束を勢いよく置いてシアンに向き直った。


「よし、リストは全部確認できた。依頼発行前のやつもいくつかあるから、それもを片付けてくる。……ああそうだ、このなかで、講習用の依頼に出来そうな魔物はいるか?」


 昨日ジンが説明を受けた講習の内容は、2種類の依頼をこなすこと。


 指定された物を集める採集と、指定された魔物を倒し素材を回収する討伐。


 既に採集の依頼内容は決まっているらしいが、討伐はその時その時の魔物の分布などに左右されるため、正式に講習の日程が決まった後にギルドと冒険者とで依頼を決定する。


 ジンはその討伐の依頼として、依頼発行前のものを講習用の依頼にできないか提案した形だ。


「確認いたします。……そうですね、この魔物であれば良いでしょう」


 そう言ってシアンが示したのは、依頼として発行済みの内容だった。


【依頼内容】スカルヘッドの討伐

【場所】ハクタ南の森

【報酬】1匹1500クルス 最大10匹

【期限】14日後の日の出まで

【依頼主】冒険者ギルド

【特記事項】ハクタ周辺では普段現れない魔物。魔法攻撃に注意。


「スカルヘッドのレベルは低く、また群れでの目撃ではありませんから」


「確かにアレはやりやすいな」


 スカルヘッドはアンデッド系モンスターの中で、最も弱いと言える魔物の1つだ。


 アンデッドの割に耐久は低く、物理攻撃も普通。唯一の注意点は特記事項にもあるように、魔法攻撃として“ダークジャベリン”を使ってくることだろう。

 とはいえステータス的には依然倒したインプよりも数段弱く、今のジンに“ダークジャベリン”がクリティカルが入ったとしても軽傷で済む程度。


 戦闘に慣れていないギルド職員にはうってつけの相手と言える。自分が引率として補助に徹すれば事故もまずありえないだろうとジンは考えていた。


「今回受ける職員の職業ジョブは魔法防御力の高い僧侶クレリックですし、ちょうどいいですね」


「その職員は僧侶クレリックなんだな、珍しい。確か……王国の全人口の1割くらいだったか? 職業ジョブを活かした仕事に就くこともできただろうに」


 この世界で、僧侶クレリック魔法使いメイジは珍しい職業ジョブとして認識されている。

 理由は至極単純、職業ジョブとしてそれら2つを持つ人が少ないからだそうだ。


 それら2つの職業ジョブを持った冒険者が少ないことも


「ええ。冒険者や教会のシスターとしても生計を立てることができましたが、その子の希望でギルド職員となったそうですよ。ですがこの話は、本人に聞かないでいただけると助かります」


「……そう言われると気になるが、まあ分かった。本人の身の上話は避けるようにしよう」


 ジンはMMO廃人ではあったが、それ以前に現代社会の一員でもあった。

 “観察”を使いすぎない一因でもあるプライバシー尊重の価値観は十分に持っているため、特定の話題を避けるのは楽とは言い切れないが慣れたものだ。


「ありがとうございます。さて、ご覧いただいた資料に質問が無ければ職員との顔合わせとさせていただきますがいかがですか?」


「ああ、問題ない」


「でしたら、こちらにどうぞ」


 そう言うと、シアンはジンをカウンターの奥、職員専用と書いてある扉に案内する。

 開かれた扉の先は、普段ジンが見ない人も含め、多くのギルド職員が働いている空間だった。


(確か……ギルド職員が事務仕事をしている場所だったか?)


 ジンは以前ギルド長のクライン、そしてテレンスと出会った時のことを思い出しつつ、シアンの後に続いた。


 シアンは色々な仕事をしている職員を無視し、そのまま別室……ではなく、職員たちがいる島の一つに向かっていった。


 そこに座っているのは、ギルド職員の中でも特に容姿の優れた女性たち。

 ジンもよく知る彼女たちは、冒険者ギルドの受付嬢だ。


 そしてその中で、島に入ってすぐにシアンが足を止める。


(もしかしなくても、そういうことだよな……)


 ジンがを察していると、シアンが話していた受付嬢を連れて戻ってきた。


「彼女が、今回講習を受ける職員です。顔見知りだと思いますが、改めて挨拶を」


 そう言うと、受付嬢が前に出てきた。


 小動物を思わせる、ジンよりもかなり小さい背丈。

 くりっと大きな目。

 そして何より目を引く、赤紫色のショートヘア。


「は、はいっ……! 名前はマゼンタ、職業ジョブ僧侶クレリックレベル4です! よろしくお願いします!!」


 普段見ているような明るい表情ではなく、不安と期待が入り混じった、しかし不安が強めの真剣な表情で、マゼンタがジンを見つめていた。

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