34 始動、解放戦

「……というわけだ。質問はあるか?」


 ほんの少々時を遡る。


 ジンは“帰還の光”の前で、先ほど自身にのみ起こったことを3人に説明した。

 とはいえ全て話すことはせず、緊急を要するタルバンの現在の様子とその対抗策についてが中心だ。


『なるほど、の。町の門を封鎖されれば、確かに逃げ場はない』


「それにジンたちは町に入る際の割札を持っている。正規の方法で町を抜け出せていないことは、兵たちもわかっているはずだ。それに奴らは今度こそ、私とお嬢様が出入り口で使った場所を塞ぐはずだ。偶然それを見つけ出すということすら、許さないために」


 テレンスの発言にジンが苦い顔をするが、すぐに首を振った。

 そもそも割札を持たずにタルバンに入ることが不可能であったし、2人の協力がなくては抜け道を見つけることは恐らくできなかったからだ。


「ソル、テレンス、門を塞いでいる兵たちのレベルはどれくらいなんだ?」


「一般の兵士は概ねレベル10、お父様お付きの兵であればレベル15でしょうか。ジン様やテレンスに比べては劣りますが、数がいます。消耗戦にされたら突破することは……いえ、ジン様ならそれも容易でしょうか?」


 ソルは今までのジンの働きをもとに、そう予想を立てた。


 これまでに20体以上のハードリビングメイル、それよりも個々が硬く攻撃力も高い複数のゴーレムを物ともせずに倒したジンは、1対1よりも1対多数の戦いが得意なのだろうと考えたからだ。


 だがそれに対するジンの答えは、否定だった。


「難しいだろうな。対魔物戦だったり不意打ち前提ならやれないことはないが、1対多で正々堂々となるとどうもなあ……」


『ジンよ、お主はお主が思っている以上に対人戦に強くなっておるぞ?』


「アンドレにそう言ってもらえるのはありがたいが、勝率は高い方がいいと思ってな」


「はあ……だからといってより強い敵がいるはずの屋敷へ突入するのは、本末転倒も甚だしい気がしますわ」


 ジンが考えた作戦は端的に言えば、やられる前にやる、というやつだった。

 懸念点は兵士たちのレベルだったが、ソルの発言が真実ならこの作戦がむしろ好都合だと確信を持っていた。


 町の門封鎖のために割かれている兵の数は不明なものの、レベル10から15という中途半端な強さ、襲撃者のレベルが15以上であることを考えれば、レベル差を覆すために相当数の兵士が封鎖のために駆り出されると考えている。


 つまり、本陣である屋敷が手薄になっている可能性が高いのだ。


 故に、ジンは自分の考えを疑問と共に説明する。


「そこまでか? 向こうは内部に逆侵攻をかける可能性は低いと考えるんじゃないか? あの魔人が屋敷にいると知っているなら尚更。でもこっちにはソルがいる。冒険者街と居住区を隔てる壁、その抜け道の場所をソルは知ってるんだろ?」


「抜け道に関してはその通りですわ。加えて確かに、元王金オリハルコン冒険者のギルドマスターと互角以上に戦える相手に戦いを挑むことは普通ありえません。……ですが私が言いたいのはそういうことではなく、勝ち目があるのかということなのです」


 必死な表情で、ソルはジンに言葉を尽くす。このままでは自分もろともジンが死にかねない、そう思ったからだ。

 その様子に感じたところがあったのか、言葉を継いだのは従者のテレンス。


「お前の強さを疑っているわけじゃない。ただ、どうしても奴の魔法を直接目にした私は信じられないのだ。……いくらその指輪が強くとも数が1個。全員を守ることは不可能だ、そうだろう」


 テレンスの言葉に、ソルはおろかアンドレさえも強く頷いた。

 逃げるも進むも無謀、ならばせめて強敵と戦わない逃げの一手をするべきだというのは決して悪いことではない。ないが……


(ううん、なんだか話が噛み合ってないような……?)


 はて、とここでジンは2人の発言をもう一度脳内で噛み砕き、そして気付く。


「ああ、そういうことか」


 ——自分の考えた策と全員の認識の根本がズレている、ということに。


『そういうこととはどういうことか、の?』


「3人とも、今すぐここから脱出してすぐに侵攻をかける、そう思ってるんだよな?」


「……違いますの?」


「やっぱりそうか……すまん、俺の言葉足らずだった。侵攻をかける前に少し準備が必要になる。1層目で事足りるからそこまで心配はないが、ダンジョンの中で過ごすことになるのは諦めて欲しい」


 はあ……と大きなため息を漏らしたのはテレンスだ。


「それならそうと先に言え。で、その準備とはなんだ?」


「それぞれやることが違うから順に説明するが……」


 そうして軽く説明された内容は、態度とは真逆の中々に重いものだったが、全員がこれに納得して光の柱へ入っていった。




 それからしばらく後、伯爵邸のとある一室にて。


「ふム……コノ早さで内壁を抜けラレルとイウコトは、隠し通路ヲ通ってルね。アノお嬢様が奴にツイタのは間違いナイ。ナラ、屋敷の中ニ入られるノモ時間の問題、カナ?」


「お嬢様……ああ、ソルのことですか。やはり彼女を野放しにしておいたのはまずかったですな……いかがなさいますかルイン様?」


 ルインに戦況を報告した男は、伯爵の身の回りの守りを担う親衛隊長。

 そして、次の【闇の眷属】候補でもある。

 彼は伯爵に忠誠を誓うべき身でありながらルインたちの理想に心から賛同し、協力関係を結んだ人物だ。


 その心意気は、義理とはいえ伯爵の娘であるソルを手にかけることに何の抵抗も抱かないほど。


「ワタシはこコデ待ツヨ。彼らが侵攻をかけた目的が伯爵の解放ナラ、彼にユカリあるこの場所ニ必ズ辿り着ク……デスが防衛は続けるコト。ワタシが出るまでモなく殺せルのが一番ダし、ワタシが本気ヲ出しタラ巻き添えを食らウのはアナタたち、デショウ?」


「もったいなきお言葉……! すぐに伝えてまいります!!」


 部下はルインの優しい言葉に感動したのか、涙ぐみながら勢いよく返事をするとすぐに部屋を出て行った。


 彼ほどとはいかなくとも、領主を守るために鍛えられた親衛隊は、こと防衛戦においての士気が高い。

 実力を十二分に発揮してくれることだろうと、ルインは喜色を隠そうともせずひとりごちる。


「さテ、彼ラハどのクラい善戦してくれますカネェ……?」


 ——ここで言う彼ら、とはジンのことではなく伯爵邸にいる兵士及び親衛隊たちのこと。


 もとよりルインは、兵士たちがジンを倒せるとは


 レベル的にも実力的にも、タルバンのダンジョンの中ボスであるハードリビングメイルを全滅させることができない彼らに、勝ち目はないのだから。


 それでも防衛を続けさせるよう命令した目的は単純。


 ジンたちの消耗を誘うためだ。


(サテ、あのエルフ嬢が居るとイウのは想定外の幸運ダね……邪魔者の排除ト同時に例の杖の回収も出来るワケだカらネ)


 思わぬツキが回ってきたことににルインがほくそ笑む中、屋敷の一角から煙が上がった。


 侵入者あり、の合図だ。

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