15 小悪魔的戦術 ー前編ー
タルバンで遠征用の道具を購入したジンは、早速北に向かうことにした。
ちなみに町に入る際に貰った入場手形は、帰還の際には再取得しなくてはならないらしい。
北の街道も、モルモからタルバンへの街道と同じく長閑な草原地帯が広がっている。少し違うところがあるとすれば街道の先、それほど遠くない距離に山脈が見えることだろうか。
(あれがパルシィ山脈か……この街道は麓まで続いているんだろうけど、山を越えるのは今の俺には難しそうだな)
パルシィ山脈。
いずれも1000メートル級の山々で構成され、街道にいるジンからではその終点を見ることができないほどには東西に長く伸びる山脈だ。
ちなみに地図上で山の山頂たちを結んだ線が、エヴァンティア皇国という国との国境になっている。
(イメージとしては国境警備体みたいなのがいると思っていたんだが……これを全て網羅するには万里の長城みたいなのが必要なんじゃないかな? 実際のところはどうしているんだろう?)
考えても答えが出ないため、ギルドに戻った時にでも聞けばいいかと考えていると、ジンの視界の縁で何かが動いた。
「ん? あれは……?」
それはおおよそ200メートルほど前方にあった。
街道を塞ぐように、山となったナニカがある。ジンの主観ではあるがなんとなく自然のものには見えない。さらにはその周りを飛び回る影も確認できた。
「もしかしたらあれがインプかもしれないな。で、道を塞いでいるのは荷台とかキャンプ用のテントか……いずれにしても人工物だろう。インプの設定がそのままこの世界で活かされているのか?」
EWOのインプは設定上、“人々を面白半分で襲う。集団ともなれば悪ふざけの延長で村を滅ぼすこともある”ほど厄介な性格をしているらしい。
とすれば、持ってきた遠征グッズ達も危ういのではないか……そう思ったジンは、壊されてもいいものを街道から少し離した場所に避難させてから街道を進む。
「俺自身がバレたら元も子もないよな。“気配隠蔽”」
こちらが見えていたということは、向こうからも見られている可能性があると考えてジンはスキルを発動。そのまま大回りで街道を塞ぐ物のもとに向かった。
数分後、ジンは街道に居座る人工物——壊れた馬車を死角として、近づくことに成功した。
そこから馬車の反対側の様子を覗いてみる。
(大量の生野菜や果実、それに道具も散乱しているから商人の荷馬車だったか? それとも単に山越えをした冒険者か?……いずれにしても、こいつらは討伐だな)
「ケケケ、ケケケケケ!」
「「「ケケケケ!」」」
食糧品の1つ、ジンが名前も知らない果実を拾いお手玉をするように空中に投げたのは、
背中に蝙蝠の羽がついていることからも、EWOにおけるインプとジンは断言できる。
数は目に見えるだけで4体。“気配探知”でもそれ以上は見つけられなかったが、馬車の中にいる場合はその限りではない。
ジンが緊張をほぐすために、静かに長く息を吐く。
(……周辺に馬車以外の遮蔽物はなし。これじゃ俺みたいな徒歩の人間は魔法のいい的だ。実験は1対1に持ち込んでからだな)
片手にシーフダガー、もう片手に投げナイフを持って遊びつつ、ジンは飛び出す時を伺う。
「ケケケケ……ケ!」
お手玉に飽きたのか、インプは手にしていた果実を放り投げた。放物線を描くそれに、4体のインプの目線が釘付けになるのをジンは見逃さなかった。
物陰から飛び出し、音も気配もなく一番手前の1体に迫る。狙うは首。
4体ともジンには全く気づくそぶりがない。バックアタック成功ーー
「ンギッ?!」
「マジか!?」
ーーならず。
ジンはその手応えのなさとインプの様子からそう判断した。
おそらく偶然だが、ジンの攻撃が届く直前、インプが体を回転させるように動かしていたのだ。おかげで本来の想定した首ではなく、翼を傷つけるにとどまった。機動力を削ぐことができるが致命傷ではない。
バックアタックは相手の真後ろから攻撃を当てないと成功しない。それがここまでシビアなものだったとはジンにも想定外だった。
「「「ケケケ!!」」」
残る3体は突然現れたジンに驚きつつも、一瞬飛びのき尖ったフォークのようなショートスピアを構えた。そのうち2体は距離を離して力を溜めるように全身を縮こめる。
(魔法のモーション! させるか!)
翼の傷ついたインプを無視し、後衛に移った2体を追う。ただ、その前に立ちふさがるインプがそう簡単に通すはずもなく。
「キッ!」
インプはあえて滑空せずにジンにスピアを突き出す。小さい体格を活かした下半身狙いの避けにくい攻撃だ。
(意地の悪い!)
ジンはそれを垂直にジャンプしてかわす。回避はできたものの、後衛に向かう足は止められてしまった。今の位置では投げナイフもおそらく当たらない。
「「キキー!!」」
ジンが地面に着く頃、魔法が発動。それぞれの目の前に魔法陣が展開、その中心から“アイスニードル”と“ダークジャベリン”が飛び出した。
ジンは軽く舌打ちし、回避のために全力疾走。2つの魔法も、ジンを追うようにカーブしながら迫る。
(やっぱある程度は追尾してくるよな。……馬車までは行けないし、ダメージ覚悟!)
先にジンの元に到達したのはアイスニードル。せめてもの抵抗と、短剣をクロスさせて魔法を受ける。
氷が砕けるような音とともに、ジンの腕に衝撃が走った。
「ぐぅっ……」
しっかり短剣で受けたのにもかかわらず、声が出てしまうくらいには体全体に痛みが走った。
(……これ本当にダメージ軽減になってるのか?)
レッドスライム戦の時もそうしていたのだが、アンドレやジェフたちの経験上、体全体に当てるよりは何かしらで守った方が死ににくくはなるらしいのだがジンにはあまり実感が湧かない。EWOに魔法を物理的に防御するという概念自体が存在しないためだ。
そんなジンの痛みとは関係なく、次にダークジャベリンが迫る。ダメージ量はアイスニードルのそれよりも大きい。
(これは受けたくないよな!)
ジンはこのようなーー言うなれば投射系の魔法を、何かを盾にしてやり過ごせないか考えた。短剣で受けられるなら障害物で受けることだってできるはず。
そこでジンは馬車の背後に飛び込んだ。一応受けられるように短剣を構える。起動そのままであれば馬車の側面に当たるはず……。
「!」
ジンは驚いた。
ダークジャベリンは馬車の側面に当たることはなく、急激に向きを変えたのだ。
ジンの短剣を持つ手に緊張が走る。
が、ダークジャベリンは少し離れた位置に着弾した。
地面に開いたそこそこの大きさの穴を見て、ジンの顔に冷や汗が流れ落ちる。
(マジでまともには受けられないなこれは……んで、あいつらはどこだ? 2匹は分かるがやっぱり魔法を使ったやつらは分からんな)
傷を負ったインプと槍で攻撃してきたインプは、馬車の左右からジンを挟み込もうと大回りしながら歩調を合わせて向かってきている。
ジンの“気配探知(小)”で探れる範囲は10メートルまで。魔法を使ったインプたちは余裕で範囲外のはずだが、どう動いているのか全く分からない。
せめて左右からの2体を倒してしまおうと投げナイフを構えたところで、ジンに閃きと共に恐怖が走る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます