16 小悪魔的戦術 ー後編ー

 ジンは直感の赴くままに上を見た。


 視界に広がるのは雲ひとつない青空と、ジンを照らす太陽。


 そして、その太陽を背にする2つの影。


 目測で10メートルよりは確実に遠い。


(やられた! まだ間に合うか!?)


 太陽が2体を見えにくくしている以上、その姿勢まではわからない。


 魔法の準備が終わっていないことを祈りつつ、ジンは馬車に飛び乗りそこを足場にさらに跳躍。少しでも彼我の距離を詰めるために。


 そして高度が最高に達した瞬間、投げナイフを投擲した。


「「ギギー!?」」


 2本のナイフがそれぞれの影へと吸い込まれていき、鳴き声もとい悲鳴がジンの耳まで届いた。


 が、既に魔法陣は出現しておりその中心からアイスニードルとダークジャベリンが出てきていた。

 そのまま一直線に飛翔し、短剣越しにジンの身体を打ち付ける。


 空中で逃げ場のなかったジンは、そのまま地面へと叩きつけられた。強烈な衝撃が駆け巡るが、意識があることからHPは0にはなっていないようだ。


(カウンターは、成功。だが……痛み分けってやつか)


 魔法の準備段階は、EWOにおいては攻撃モーション中とみなされた。そして投射系の魔法や弓矢はを狙う必要がある。


 故に何を狙っているかがわかっている状況であり、魔法を使う側が自らキャンセルしない限りはカウンターが成立するというわけだ。


 もっとも普通はその対策として、魔法職の周りは“挑発”持ちの騎士ナイトや“自己犠牲”持ちの僧侶クレリックでガチガチに守られていたし、高レベルになればそもそも投射系魔法を使わない。


 そんなことを思い出しながらも、肺から全身に酸素を回しつつ周囲を確認するジン。


 動いているインプは目視で2体。撃ち落とした2体は死角である馬車の裏に落ちたのだろうか。


(この後も魔法の狙撃を警戒して戦わないといけないってわけか……レッドスライムは平気だったんだがなあ。軽くでも戦術を練られるとこうも脆くなるもんか)


 ジンは下級回復薬を体にかけながら、今度は集中するように静かに息を整える。


 地上の2体……特に全くの無傷の方がわざわざ歩いてジンを挟み込もうとしていたのは、自分たちに意識を向けさせるため。ジンが先程やろうとしていたように、ゆっくり地上を歩いているのなら反撃も簡単。


 その隙に、残る2体が空中の“気配探知”範囲外から魔法で攻撃しようとしていた。単純なトリックだ。


 こんな簡単な目眩しに騙されていたことに、ジンは自らの経験の無さを嘆いた。


「これから技術を育てていけば良い、ってのはアンドレの言葉だけど……育つまであの魔人ルインが動かない保証なんてどこにもないんだぞ」


 愚痴りながらも十分に体が動くことを確認したジンは、インプへと駆け出す。




 それから間も無くして。


「まあ収穫はこんなもんか。……ゴブリンたちとは比較にならないほど頭が良かったなこいつら。結局“アイスニードル”食らったしな、ちくしょう」


 下級回復薬を浴びながら呟くジンの眼前には、4体のインプが仰向けに折り重なっていた。

 もちろん討伐部位(今回は翼)は取りつくしている。


 死体を視界に入れつつ、ジンはもう片手に握ったものを眺める。それはミニチュアサイズのインプの翼の形をしていた。


 “小悪魔の翼”。


 “ものをぬすむ”などで得られる通常ドロップ品で、以前白うさぎから取れた“真っ白なもふもふ”と同じように合成アイテムの素材になる。


 とはいえ生産職の取得はまだ先だから単にコレクションだけどな、とジンはその翼だけは慎重に布で包んでポーチの中へ。


「しっかしこれ、どうしたもんかな……」


 ジンがインプたちから目線を少しでも外すと、それらは否応なしに視界に入ってくる。


 穴ボコがいくつもできた馬車。

 土まみれになり、潰された果実。

 散乱した見たこともない道具。


 魔法が飛び交う戦いであった以上仕方のないことだが、ジンの心にはモヤモヤとした感情が残る。


 転生前は典型的な日本人だったジンにとって、街道という公共の道路が塞がれている状況を無視して去るのには抵抗がある。ましてや自分が状況を悪化させたなら尚更だ。


「このままだと後から来る旅人には迷惑だよなあ……かといって俺1人では瓦礫撤去みたいな作業なんてできないし。せめてこの木箱くらいはどけておこうかな、っと。ん?」


 ジンはなんの気無しに、割れた木箱から出てきた物を手に取る。


 それは小さい杖のような形をしていた。感覚としては使いかけの鉛筆くらいのサイズである。

 何に使うかは全くわからないが、魔力も感じることからただの置物ではないだろうとジンは考えた。


「……もらっても、大丈夫だよな?」


 ジンはこれを転生後の世界独自の技術、“魔道具”と位置付けた。頭の中EWOの図鑑には載っていないが非常に興味を掻き立てられる。


 周りに人間が居たわけでもなし、重要なものなら木箱になんて入れないだろう。

 ジンは瓦礫撤去の報酬として自らを納得させてその杖を懐に仕舞い、作業を始めた。




「次の方……ああ、あの時のブロンズですか」

「アンタか。依頼の報告処理を頼む」


 ギルドに戻ったジンをカウンターで迎えてくれたのは、なんの因果かあの時依頼を貼っていた男性職員だった。


「ふむ……インプの討伐依頼、本当に受けたんだな。じゃあその失敗報告でいいか?」


「いや、普通に成功報告だ。討伐部位も、ここにある」


 ドサッ、とジンはカウンターに依頼書と袋を乗せる。イメージとしてはサンタが背負うような袋よりも少し小さいくらいのサイズだ。


「…………おい」


「インプ21体の討伐を行った。依頼にある20体分の報酬が欲しい」


「……どういうことだ」


「ああ、思ったより数が出てな。北への行きでは全く居なかったのに帰りではこんなにだ。別で急ぎの報告もしたいから早めに戻ってきたわけだが、」


「どういうことだと聞いているんだ!」


 男性職員がカウンターを強く叩き、ジンは言葉を止める。

 ギルドの喧騒が、徐々に静まっていく。


「今説明していたんだが……最初から聞くか?」


「全て聞いていた! だからどういうことかと聞いているんだ!」


「ううむ……? 何が問題なんだ?」


「何が問題なんだ、だって……? ブロンズ風情が、下手すればゴールドでも苦戦する魔物を1日でこれだけ討伐した? 冗談じゃない! 加えてこの依頼の前から既に何十体もインプの討伐報告があるんだ! それなのにまだこれだけいる? 北の山から群れでも降りてきたっていうのか!? ええ!? それにな……!」


 はあ……とジンは心の中でため息をつく。


(マールだけが異常と思ってたが……世界的にはこれが常識ってところか。冒険者ランク=強さの図式は、かなり強固なものらしい)


 目の前で何やら喚く職員、そして他の冒険者からの憐れみと共に向けられる

 それらの具体的な心情まではわからないが、30歳手前になって結婚もせず、ただの工場作業員だった転生前に何度も向けられた視線と同じだった。今更間違えようがない。


 転生前のことはさておき、元EWOプレイヤーのジンにしてみれば、冒険者ランクそのものが欠陥だらけだと感じる。


 なにせレベルをたった5あげただけでランクアップの暗黙の基準を満たし、最高位の金剛鉱アダマンタイトでもレベル35を超えれば良い。


 最上級職のラインであるレベル50すらまだ先なのに最高位とはこれ如何に、という心情なのだ。


「おい貴様、聞いているのか!?」


「もちろん聞いているよ。……で、そっちの要望はなんだ? このままだと依頼はクリアしたことにならないんだろ?」


 思考に浸りながらも目の前の男が何を言っていたかは理解できた。職業ジョブの恩恵だろうかと、また脳内のジンが考え出そうとするが流石に自制する。


 職員曰く、これらの素材が北の街道で得られたことを証明しなければならないらしい。

 

「じゃあそこまでギルドの誰かを案内すればいいんだよな?」


 ジンは、ここで素直に引き下がるのはあまりに損だと考えた。契約金含めた7万クルスの臨時収入を逃す理由がないのだ。


「……その通りだ。できるものならな」


 職員が鼻を鳴らすがジンとしてはこれもよくわからない。


 別に死体の場所くらいは覚えているし、どのような戦闘があったかもわかる。

 まさか普通のブロンズはそれもできないのか……? と少し後悔した始めたが乗りかかった船、最後までやり切ろうとジンは心を決める。


「丁度いい、街道を塞ぐ壊れた馬車もあったんだ。そこも報告したかったしな……今すぐ行けるよな?」


 フン、と男性職員が別の職員を引き止めて話をする間、ジンは臨時収入で何を買おうか既に考え始めていた。

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