24 ゴブリン侵攻戦⑥

 カウンターを決めたが、ゴブリングレートの手に、目に見える傷は全くない。

 “観察”のおかげでなんとかその事実を把握できるだけだ。


 ゴブリングレートは短剣が叩きつけられた手を少しさすると、再び斧を持ち直して突進を仕掛けてきた。


「よっと」


 ジンは軽い声出しと共にサイドステップ。ゴブリングレートはその力にかまけた直進的な攻撃が多い。

 それ故に簡単にかわせる。予想通り空を切った斧をゴブリングレートは素早く戻し、再び突撃してくる。


 その単調な攻撃が2度、3度と繰り返されるが当然のようにかわす。


 だがその攻撃を前に、余裕の表情を崩さないジンであるが警戒心を高める。


(行動はAI通りだが、3回の攻撃が最初ほど早くないし、反撃を恐れてか腕の戻しも早い。あれくらいのダメージならまだ警戒する段階でもないと思うのだが……?)


 4度目の突撃。ジンもこれまでと同じように回避を始めようとするが、ゴブリングレートの表情を見て即座に行動を切り替えた。本能の赴くままに反対方向へ全力疾走。


(何かわからんがやばい……!?)


 ふと後ろを見ると、ゴブリングレートはその斧を振り下ろさずにそのまま大地を蹴って加速。

 ジンが今まで避けていた方向に、大きな体が砲弾のように飛んでいく。その勢いのまま、行き先の木を3本ほどなぎ倒した。


 その光景に、さしものジンも顔を青くする。


(実際に見たことはないが、自動車の衝突だってもう少しマシだろう!?)


 人間では決してありえない筋肉と巨体、そして速度から繰り出されたぶちかましの威力に絶句してしまう。反撃の方針を変更せざるを得ない。


(仕方ない、最初から安全策で行くしかないか)


 ジンは短剣を構えて、ゴブリングレートに肉薄する。奴は頭に落ちてきた木の葉を顔を振って取り払っている。今がチャンスだ。


「“ポイズンナイフ”!」


 ジンが声を出すと同時、短剣に紫色の光が宿る。そのままゴブリングレートの後ろ足を傷つけつつ側面に走り抜ける。


「“ポイズンナイフ”!」


 ゴブリングレートがジンの攻撃に気づき足を後ろに蹴り上げる。それを走る勢いのまま余裕で回避し、無防備な右腕に向かって短剣を振る。


 血こそ出ないが確かな手応えと共に、ほんの少しだけゴブリングレートが唸る。さらなる反撃も走り去る勢いで回避し、森の中に飛び込んだ。


「さてさてどうかな……“観察”」


 ゴブリン弓兵の時と同じように、茂みに姿を隠して移動しながら、ゴブリングレートを見つめる。頭には新しい情報が流れてきた。


 名前:ゴブリングレート

 状態:毒(軽度)


―――――――――――――――――――

 ポイズンナイフ 【アクティブスキル】【要:短剣装備】

 短剣に毒をまとわせた一撃。

 相手を確率で毒状態にする。

 何度も攻撃すると、毒の深度が増すことがある。

―――――――――――――――――――


 ゴブリングレートがジンの間近に迫るが、やはり見つけられないようだ。木をなぎ倒す勢いで斧をぶん回すその表情には明確な焦りが見える。


(どうやら毒を受けたことに気がついたらしいな、だがもう遅いぞ)


 魔法あるいはスキルによって受けた毒は、自然治癒しない。回復には毒消し薬か、回復系の魔法あるいはスキルが必要になる。


 それ故に毒の発生確率はそこまで高くないのだが、今回はたった2撃でかかってくれた。


 もともとゴブリングレートに毒に対する耐性が無いこと、ゴブリングレートに回復用のスキルがないことを、EWO廃人のジンが知らないはずがない。


(一応これでもゲーム内時間では20分くらい経てばHPが0になると思うのだが……)


 ゴブリングレートが背中を向けた際に、さらにジンは動き出す。


「“ポイズンナイフ”!」


 がら空きの足首を再度傷つける。おそらくバックアタックも成立しており、腕の時と比べて肉を切る感触が強い。


「グオオオオ!!!」


 身がすくむほどの大声をあげて、ゴブリングレートが素早く腕を振りながらジンに向き直る。ジンは既に間合いを外れており、再度茂みの中に飛び込むように移動した。


 しゃがみ、移動しながら再び相手の様子を“観察”する。


 名前:ゴブリングレート

 状態:毒(中度)


(よし!!)


 ジンは心の中でガッツポーズをした。毒の深度が上がったことで、持続ダメージも増える。EWOと同じなら毒のダメージは倍。よって討伐までの時間も半分に縮んだ。


(このまま逃げ続ければ討伐もできるが……まあそう簡単にはさせてくれないよな)


 ゴブリングレートはジンの飛び込んだ茂みに向かって突進。木をなぎ倒したかと思えば、先ほどよりも強く斧を振り回した。あっという間に木は伐採され、広場が少し増える。


 悪いことに偶然か必然か、ゴブリングレートはジンの逃げている方向に向かって平地を広げだした。このままでは10秒を待たずして奴に見つかってしまう。


「“ものをぬすむ”!」


 ジンは姿勢を可能な限り下に落としながら、ゴブリングレートに正面から接近。


 短剣で足を傷つけつつぬすみ、そのままその大きな股下から背後に向かって走り抜けた。ぬすんだ右手が何かをつかんだ感触があったが今は確認できない。


 ポーチにねじ込んで全力疾走あるのみだ。


「グオオオオ!!!!」


 再び叫んだゴブリングレートを尻目にジンはまたも茂みに飛び込む。


 脳筋のゴブリングレートもジンの戦法をようやく理解したのか、ジンが飛び込むのと同時くらいに全速力でジンに迫る。が、途中で勢いを大きく落とした。


「タックルや斧の攻撃は脅威だが、この足場じゃ何もできないよな!」


 ジンは立ち上がり叫ぶ。彼の立つ場所は先ほどゴブリングレートが伐採した木たちのさらに奥。

 木の葉や木の枝、果てはそのまま大黒柱にできそうなほどの太い木の幹が無造作に散らばっている。


 ジンは盗賊シーフの素早さと器用さでそれほど難しく感じることなく移動できたが、巨体で器用さも低いゴブリングレートはそうもいかないはずだ。


 そう考えたジンはあえて挑発し、ゴブリングレートの疲労の蓄積を誘う行動に出た。


(この世界にはHP以外にも疲労が存在する。生きている以上当たり前だが、長時間の戦いになればなるほど影響してくる。毒とかの持続ダメージを軸に戦う時はこういういやらしい戦法が有効だな)


 挑発されたゴブリングレートは、自慢の斧で木を払いながらジンに迫る。


 途中大きめの石や木を投げてくるが、毒のせいで狙いが定まらないのか避ける必要もないくらい見当違いの方向に飛んでいく。


 もちろんジンも、迫ってくるなら距離を取るだけだと、森の中を付かず離れずの距離で逃げ回る。


 最初に見せたバックステップのようなジャンプによる急接近を避けるため、必ず瓦礫の近くにいることも忘れない。


 そうして逃げ回ること数分。ゴブリングレートが暴れまわって森は散々に禿げ上がり、そろそろ体育館を作れるくらいに見晴らしが良くなったと思った頃。


 ——レベルが11になりました。

 ——スキル“気配探知(小)”を取得しました。


 頭に声が響くと同時、ついにゴブリングレートが倒れた。立ち上がる気配もなく、ランダムドロップである宝箱が出現したことからおそらく討伐だろうが、ジンは念のため“観察”で確認をする。


 名前:ゴブリングレート

 HP:0/10

 状態:死亡


「やった……勝てた……!」


 そこまで確認して、死が常に隣り合わせにあった状況から解放されたことを理解したジンは、大きく息を吐く。


「こいつの攻撃力と耐久力は予想以上だったな」


 戦闘を思い出して、逆に今までよくミスなく戦えていたなと自分を褒めてやりたかった。


 考えながらも、ジンは自分の視野が広がっていることに気がついた。振り返らずとも自分の後ろを感じられる、見ることできる、そんな感覚だ。


「これが気配探知……すごいな。自分の頭にレーダーでも埋め込まれたみたいだ」


―――――――――――――――――――

 気配探知(小)【パッシブスキル】

 半径10メートル以内の敵の位置が

 マップに表示される。

 気配隠蔽(小)を無効化する。

―――――――――――――――――――


 EWOでの“気配探知(小)”はマップに赤い点として、敵の位置を表示するスキルだった。

 だがこの世界では常に表示されているマップなどありはしない。そのためこのようなスキルの挙動になったと思われるが、この感覚に慣れるのには少し時間がかかりそうだ。


「さてさて、周りに敵もいないようだし、早速ドロップ品を……」


 と呟きながら宝箱を開けようとしたその時、ゴブリングレートのいる方向に気配探知が反応した。

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