25 侵攻の裏でー前編ー
少し時間は遡り、ジンがゴブリングレートと戦い始めた頃。
ハクタの町の南、兵舎の一室にソルはいた。左手にはテレンスが控えている。
本来は数人の小隊長クラスの人間が使っている一室なのだが、今回の侵攻戦が終わるまで貸してもらっている。
「それにしても、本当にゴブリン達が攻めてくるとは思わなかったですの……ジン様がおっしゃっていたことは正しい、ということなのですわね……」
震えるソルの左手を、テレンスの手が包み込む。
「お嬢様、ご安心ください。このテレンスが命に代えてもお嬢様をお守りいたします」
「ですが……」
「確かにあの男が言っていたことは、忌々しいことに今の今までは正しい。未来予知とでも言える精度でしょう。ですが冒険者ギルドや防衛団の見立てとしては、ゴブリングレートが出てこない限りは数日は籠城できるとの見込みです。その間にあの男ならゴブリングレートの討伐をしてくれるでしょう」
それに、とテレンスは付け加える。
「万一の時があればお嬢様はそちらの通路からお逃げください。私が足止めにはなりましょう」
「そう言わないでほしいですの、私は貴方にも、」
2人が不安を分かち合っている、そんな折だ。
兵舎が爆発音と共に、大きく揺れた。
大型地震が如き突然の振動に、ソルの小さい体は椅子から転げ落ちてしまう。
テレンスも自分の体を支えるので手一杯だ。
揺れはすぐに収まったが、一気に兵舎全体が慌ただしくなる。上の階からはドタドタと足音が聞こえ、扉の向こうからは何やら焦げ臭いにおいも漂ってくるようだ。
「いたた……一体何事ですの!?」
「わかりません……ですが……!」
言葉を紡ぎながらもテレンスは剣と盾を構える。斥候でなくともわかるほどの強い気配が、こちらに向かってまっすぐ近づいてくる。
正面の入り口から入ったとしたら、この部屋にたどり着くのに1分もかからない。
テレンスの決断は早かった。強く、しかし小声でソルに話しかける。
「お逃げください……!早く!!」
ソルは動くのを躊躇ったが、テレンスのその必死な、今までに見たこともないくらいほどの焦りの表情を見て頷いた。
「わかりましたの……でも、貴方も生きて頂戴。これは命令よ」
それだけ言うと、ソルは事前に通達された隠し通路を通って兵舎の外に走っていった。
テレンスは主人の背中を見届け、隠し通路の入り口を塞ぐ。
「……善処します」
テレンスは小さく呟くと、剣と盾を再び構えた。
強い気配はどうやら扉の近くで止まっているようだ。通り過ぎてくれればいい、と願うテレンスの思いは、爆発音と扉と共に吹き飛んだ。
「
煙の中から現れたのは、中肉中背の男性。しかしその姿は
肌はすべからく闇のように黒く、額からは赤黒く発光するツノが生えている。服は普通の
右手には木の根のようにうねった長杖を持っていた。優雅に、とは言わないがなかなかに様になっている。
「“強化刺突”!」
杖を確認したと同時、先手必勝とテレンスが攻撃を仕掛けるが、不気味な男は焦ることもなく杖を構えて防御。
お返しとばかりに男が蹴りを放つ。テレンスはこれを盾に防御するが、
(重い……!?)
予想以上に重い攻撃にテレンスの体が浮かされてしまい、その間に男は距離をとった。
「“アナライズ”。ふうん……テレンス、
「……確かにそうかもしれないな」
未だ手に残る衝撃や、先ほどの扉を吹き飛ばした一撃、兵舎全体を揺らすほどの攻撃をこの悪魔が行えたとするのなら、テレンスが敵うレベルではないのだろう。
「ところでオマエ、エルフの幼子ヲ知らナイカ?これくらいの背デ、緑色に光ル杖を持っテイると思うんダケド?」
「さあ、ここにいたのは俺1人だ」
「ふうン……あくまで知らなイふりをするのネ……じゃあ喋らせてあげようかナ!!」
杖を構えると同時、男が言葉を紡ぐ。
「“ウィンドアロー”」
魔法陣から矢を形どったつむじ風が放たれる。ソルの使う“シルフアロー”に比べると威力は低いが速さは同等の中級魔法。
その効果の通りに目にも留まらぬ速さでテレンスのもとに着弾。彼の盾ごと体を吹き飛ばした。そのままの勢いで部屋の反対側の壁に体を打ち付ける。
「ぐふっ……」
「盾で防げタのはまぐれカナ?……このままヤらせてもらうヨ。“ウィンドアロー”」
魔法陣が展開するのと同時、テレンスは左手に持った盾を男に向かって全力で投げつけた。
盾はテレンスと男のちょうど中間あたりで矢に当たって爆発、粉々に砕け散った。同時に土煙も舞い上がる。
「……盾を捨テルなんて、ジボウジキ……ってヤツ?」
「“強化刺突”!」
今度はテレンスが煙幕の中から飛び出した。最初の刺突より近い距離で互いの視線が合う。
「チッ!」
男は舌打ちと共に、反射的なのだろうが杖をテレンスに振り下ろした。蹴りと同様に十分に早く、顔に当たりでもしたらひとたまりもないだろう。
テレンスがその攻撃を予測していたわけではない。むしろ防御も何もできないまま直撃させるつもりで刺突を放っていた。
ーーしかしどうだろう。この状況は。
テレンスが初めて、そのあり方に異常と評した男は言っていた。
『テレンス殿たちが呼ぶ“超反撃”は、相手の行動を防御したり、受け流したりしてはダメだ。相手の本気の攻撃の途中、攻撃が終わるまでに、こっちの攻撃を当てるんだ。こんな風に』
そう言って百発百中でゴブリンを吹き飛ばしていた男の動きを何度も見ていた。
テレンスにとって、どこが『攻撃の終わり』なのかは未だはっきりしていないが、『攻撃の途中』ならわかる。
(要は自分に届くよりも早く剣を当てればいいのだろう!?)
「うおおおおお!」
裂帛の気合いとともに、テレンスはさらに前へ。男の胸に飛び込むように地面を蹴り、腕を伸ばし、一瞬でも早くその体に剣を突き立てるために。
ツノの男もその行動に気づくが、近距離の戦闘に慣れていないであろう彼は自分の動きを止められなかった。
強烈な音とともに、ツノの男が部屋の壁に叩きつけられる。壁に穴をあけるほどの衝撃があるが、しかしテレンスの剣に血の跡はなく、男も服が大きく破れているだけで肌に傷がついているようには感じない。
「はハ……まサか
男の掲げた杖から、先ほどまでのウィンドアローとは比較にならないほどの魔力が収束を始める。
発動までは時間を要するだろうが、カウンターで隣の部屋に続く大穴の先に男がいる今、テレンスにそれを妨害する手立てはない。
(これは防げない……な。申し訳ありません。お嬢様……)
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