23 ゴブリン侵攻戦⑤

 ジンはさらに森に近づく。


 道中近寄ってくるゴブリンは基本無視だ。そう決めて走っていると、どうやら追いつけないほどに引き離すと諦めてハクタの町に向かうように追うのを止めるゴブリンがいることに気がついた。


 指揮官からそのように命令されているのか、常にゴブリン達に追われ続けてはいるものの増え続けて大群にならなかったのは救いだった。


 森の外縁付近に差し掛かると、ジンは短剣を鞘にしまい、森から丁度出てきたゴブリンに攻撃を仕掛ける。攻撃力を下げてゴブリンが一撃死するのを避けるためだ。


 加えてそこまで本気にならずに攻撃すると、ゴブリンは増援を呼ぶためか森の中に戻って行った。


 しめしめ、とジンは心の中でほくそ笑みながらそのゴブリンの後を追う。見失わないように、かつ見つからないように慎重に追いかけていく。“気配隠蔽(小)”の効果も相まって追跡はかなりうまくいった。


 後をつけること数分。


 森の中の比較的開けた場所にゴブリン達が集結していた。先程ジンが攻撃したゴブリンは、上位の存在であるゴブリン兵に何やら話しかけている様子だ。


(おそらく増援に向かっていくんだろうが……)


 生垣くらいの高さの低木の影からその様子をうかがっていたジンとしては、ゴブリンのコミュニケーションよりも、彼らの後ろに鎮座する存在に目を引かれてしまう。


 胡座をかいて座っているだけでも普通のゴブリンより背高が高く、恐らく直立したジンと目線がほぼ変わらない高さにあると思われる。


 組まれた足や腕もかなり太く、普通のゴブリンの胴の太さと同じくらいだ。しかも脂肪でぶよぶよでそうなっているのではなく、どれだけの筋肉が詰まっているのかもわからない。


 恐る恐る顔を見上げてみると、厳しい顔つきに下顎から生える牙。そして意外にも優しげな目で部下のやりとりを見つめていた。


(うわあ……ゴブリングレートを生で見るとこんなに迫力があるもんなのか……EWO3人称のゲームでこの感じは味わえないよな)


 巨人の威圧感に冷や汗をかきながらも、活路を見出すためにジンは小声でスキルを発動させる。


「……“観察”……」


―――――――――――――――――――

 観察 【アクティブスキル】

 ターゲットの現在の状態を確認できる。

―――――――――――――――――――


 スキルを発動させてゴブリングレートを見つめると、2秒に1項目という遅いペースではあるが、ジンの頭の中に情報が流れ込んでくる。


 名前:ゴブリングレート

 種族:魔物 ゴブリン

 HP:10/10

 MP:10/10

 レベル:20

 持ち物:有

 状態:普通


 そのまま更に待ってみても、それ以上の情報を得ることはできなかった。


(今の盗賊シーフのレベルで分かるのはこれくらいってことだな。観察の挙動にかなり時間を要しているのは、ウィンドウやインベントリのゲーム的な要素が存在しないからか……?)


 本来の“観察”は、対象の現在の大まかな情報を一瞬で探ることができる。表示速度以外には違いはない。


 大まかな情報なのでHPとMPは10段階でしか表示されず、ドロップあるいは盗めるアイテムは有り無ししかわからない。


 ちなみに同じような効果を持つ“アナライズ”という魔法が存在する。こちらは対象のほぼすべての情報をより詳細に探ることができ、HPMPは本当の値になるし、持ち物も名前までわかる。


 そうするとメリットの少ないように思える“観察”だが、MPは消費せず、観察を発動させているうちは、HPMPの変化をリアルタイムで見ることができるという利点もある。


 そうしてジンが“観察”しているうちに、ゴブリン兵は部下のゴブリンを引き連れて森の外へ向かっていった。

 取り巻きの数が減ったことを喜ぶところなのだが、まだ油断はできない。


(ゴブリン弓兵が後方に3匹居るな……)


 その名の通り弓を持ったゴブリンだが、ゴブリングレートを相手取る時にこいつらが居ては厄介極まりない。


 チクチクと攻撃してくる矢をかわしながら攻撃することの難しさは、実行したことはないが難しいことが容易に想像される。


 そう考えてからのジンの行動は早かった。


 ゴブリン弓兵に近づき、茂みに落ちていた石を投げる。ジンの器用さが上がったこともあってか、難なく狙い通りに顔に当てることができた。


 ゴブリン弓兵とゴブリングレートがその攻撃に気が付き、ジンの方を向く。


 ゴブリングレートの視線にジンの足がすくみそうになるが、ぐっと堪えて少しだけ横に移動した。

 ゴブリン弓兵の1匹が、茂みの中に何かいないか確かめに近づいてくる。残りの3匹は武器を構えたまま動こうとしない。


(やっぱり生きている以上、プログラム通りには動いてくれないよな……)


 EWOの仕様なら、残りのゴブリン弓兵はもっと近づいてくれるはずだったのだが……アテが外れた以上仕方がない。


 ジンは自分の真横まで不用意に近づいたゴブリン弓兵の喉笛を、短剣で素早くかき切った。


 ゴブリン弓兵の断末魔こそ無かったが、倒れ込む激しい物音に残る3匹は反応。弓兵は矢を射かけ、ゴブリングレートは危険を感じたのか大きくバックステップ。


 その予想していない動作に、ジンは笑う。


(大将としては及第点だろうが、後衛職を残して逃げるのはいただけないぞ!)


 1歩目から全力で飛び出す。向かう先は残りの2匹のゴブリン弓兵。


 それに気がついて急いで弓に矢をつがえようとするゴブリン弓兵だったが、ジンの移動速度はゴブリン達よりも早い。瞬く間に距離を詰めきったジンは短剣の一撃で1匹を倒した。


 もう1匹には慌てながらも矢をジンのいる方に向けるが、その矢が放たれることはなかった。


「さて、これで1対1だな、大将?」


 ジンはゴブリンの血で汚れた短剣を払いつつ、ゴブリングレートに視線を向けた。

 ゴブリングレートは既に攻撃を始めていた。無骨な石の大斧がジンに向かって振り下ろされる!


 轟音と共に、地面の一部が割れた。


「距離をとったと思ったらここぞというタイミングでの反撃……こりゃPVN人vsAIってよりはPVP人vs人だな」


 ジンは危なげなくバックステップでかわしていたが、その攻撃力と戦略に苦笑いを浮かべるしかなかった。


「ことごとく難易度を上げてくるが……それでも勝つのは俺だ。その命と素敵なアイテム、両方いただくぞ!」


 ジンはあえてゴブリングレートに向かって駆け出す。同じタイミングで、迎え撃たんとばかりにゴブリングレートが両手で斧を振り上げた。


 ジンの突進と、振り下ろされる斧がかち合う。

 その一瞬前、ジンは右手を振り抜く。


 一閃。


 振り下ろしの振動と風圧でジンは少し浮かされるが、彼の一撃カウンターは確かに巨人の手を切った。

 するとジンの意識にある、ゴブリングレートのステータスが更新される。


 HP:9/10


 手応えありだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る