22 ゴブリン侵攻戦④

 ジンはゴブリンの包囲から抜け出し、駆け抜ける。


 後方から先ほどまで包囲していたゴブリン達が追ってくるが、盗賊シーフとなったジンの足の速さに全く追いつけずどんどんと離されていく。


 そしてジンが一旦茂みの中に身を隠すと、途中まで確かに彼を追っていたゴブリン達の足が止まる。


 何度かきょろきょろと辺りを見回し、ジンの入った茂みの近くを確認してジンが見つからないことがわかると、元々の醜い顔を憎々しげにさらに歪ませ、ハクタの町に向かっていった。


(ふむ、盗賊シーフの“気配隠蔽(小)”は問題なく発動しているな)


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 気配隠蔽(小)【パッシブスキル】

 敵から視認・捕捉されていない場合、

 気配を隠すことができる。ただし効果は低い。

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 タネを明かせばなんてことはない。ジンは茂みに入ってすぐ、別の場所に移動していただけだ。


 とはいえゴブリンはいくら下級とはいえ知恵を持つ魔物。仲間を殺された執念で遠くまで追ってくることもしばしばある。最初にハクタの町に向かったソル達が良い例だ。


 ところが“気配隠蔽”が加わると今のような事が起こる。


 読んで字の通り、気配を隠すことができるスキルなのだが、対になる“気配探知”系のスキルを所持していない魔物の場合、姿が見えない状態ではよほど近寄られない限り見つからなくなる。


 結果ジンの気配を全く探知できなかったゴブリン達は、完全に逃げられたと判断して本来の目的地に向かっていったのだ。


 ただ、匂いを辿れる獣系の魔物には効果が薄いし、一旦見つかってしまえばもう一度視界から完全に逃れなければならないため、使い勝手が良いとは必ずしも言えないが、


(このイベントにおいてはそれだけの効果で充分!)


 追ってきたゴブリン達が離れたところでジンは再び森の方へ向き直るが、そこに行くまでに見える大量のゴブリン達。


 雲霞のごとくハクタの町に押し寄せるそれらに向かって、茂みから飛び出して疾走。最も近くて十数メートルは離れていたゴブリンにあっという間に到達してその首を蹴り折った。


 気配隠蔽の効果が切れ、一斉に襲撃に気づくゴブリン達。その目に、殺意に、命の危険に、一瞬だけジンがたじろぐ。


 それでも戦いが始まる前に、単騎での突破は難しいと自ら評していたジンだがしかしその足は止めない。


(これだけの数が居て、命の危険を感じていても脅威には思わない。不思議な感覚だな)


 確かに先ほどのように囲まれてタコ殴りにされればあっけなくHPが0になり、死んでしまうのだろう。


 ジンの理性も、EWOでの経験からも同じ結論に至っていた。


 だが、転生した肉体と直感は、目の前のゴブリン達をまるで脅威とみなさなかった。


 ジンは激昂して飛びかかってくるゴブリンをしっかりと見据え、左手で構えた短剣でしっかりと防御し、右の腕でひたすらゴブリンを打ち落とす。それだけで3匹のゴブリンが倒れた。


 さらにその後続でゴブリン兵が迫るが、短剣で押し切った。力は基本職の中では弱いとはいえ、無職ノービスと比べればかなり上がっている。


 さらに迫るゴブリン兵達を見て、ジンはニヤッと笑う。


「せっかく盗賊シーフになったんだからどんな挙動になるか試してみるか!」


 先ほどと同じようにゴブリン兵がジンに迫るが、左手に持った短剣ではなく空の右手を突き出して、言葉を紡ぐ。


「“ものをぬすむ”」


 盗賊シーフの代名詞とも言えるスキルを発動する。

 瞬間、右手が光に包まれゴブリン兵の体から何かを抜き取った感覚があった。


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 ものをぬすむ 【アクティブスキル】【接触】

 相手の所持アイテムを盗むことができる。

 成功確率は互いの器用さに依存する。

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 盗賊シーフの代名詞とも言えるスキル、ものをぬすむ。

 敵に手で触れる必要があり、ダメージもなく、敵の撃破とは別判定でドロップアイテムを入手できる。


 ものをぬすむの成功確率は、スキルの使用者とスキルの対象の器用さで計算される。

 ゴブリンたちの器用さは、レベルに対して低いというわけではないが、特化型の盗賊シーフと比べればかなり低い。

 ジンの計算が正しければ、成功確率は7割ほどのはずだ。


 交差したゴブリン兵は自らの体に傷がないことに対して首を傾げたが、直ぐにジンに向かって再び走りこんでくる。


「ほう、いいものを持っているじゃないか。盗めるものもEWOと同じということか?」


 ジンの手に握られていたのは下級回復薬。ゴブリン兵のランダムドロップ品の一つだ。


 感慨深げにつぶやくジンに質の悪いナイフが迫るが、ジンは左手で難なくカウンターを取ってゴブリン兵を吹き飛ばす。


(それにしても面白い感覚だったな。空の手の中に回復薬が突然現れたような、そんな感覚だ……ゲームとの良い違いということだな)


 そんなことを思っている間にもゴブリン達の攻撃は続く。下から上から横から、様々な方向から攻撃を受けるがジンはそれらをひょいひょいとかわしつつ、ひたすら対応する。


「“ものをぬすむ”、“ものをぬすむ”、“ものをぬすむ”、“ものをぬすむ”……」


 攻撃のお返し、とばかりにぬすむを連発。もちろんゴブリンの数は減らしておきたいため、ぬすむの成功失敗にかかわらず彼らを倒していく。


 途中ゴブリン騎士がいようともお構い無し。生き残ったらもう一度ぬすむを発動して傷を負わせていった。


 数十回繰り返し、ゴブリンの数もかなり減らしたところで、ジンはふと思い立ち戦闘の合間を縫って周囲を確認する。


(どこかで戦況の確認をしたいが……あそこならちょうどいいか?)


 探し始めてすぐ、お誂え向きの小高い丘を発見した。


 EWOでの経験上可能性は低いが、ゴブリングレートが平原まで出張っているのなら森まで行く意味が無いからだ。


 急いで丘に向かい、周辺のゴブリンを排除。幸運にも丘の反対側にはゴブリンはいなかった。


 丘に登ってみると、戦場を全て見渡せるわけではなかったがハクタの町の外壁は確認できた。遠目に見る限り、壁の大きな欠損などは見つからない。戦況は悪くはないということだろう。


 ゴブリンの状況はというと、平原の進行速度が緩んでいたり、遠距離攻撃で大きく数を減らしてはいない。恐慌に当たっている様子もないことから、ゴブリングレートの指揮力が生きている証拠だろうが……


(やっぱりゴブリングレートがこれだけの同族を率いているってのは違和感があるんだよな)


 この違和感はあくまでもスキルを考える限りの推定に過ぎない。


 ゴブリン騎士は“同族指揮(小)”を、ゴブリングレートは“同族指揮(微小)”をそれぞれ持っている。


 効果は、自分がリーダーになった場合、同じパーティーに属する同じ種族のステータスを上昇させるというものだ。もちろん(小)の方が効果が大きい。


 実際のところ群れを動かすにはスキルは関係ない可能性もあるが、普通ならゴブリン騎士よりも統率力がないはずのゴブリングレートが、人間でも指揮するのが難しいほどの数を整然と進軍させている事実に、違和感を感じずにはいられない。


 ゴブリングレートの姿が確認できていないことはよかったと言えばそうなのだが、それは発見するための時間がかかることを意味する。


(探し方はどうするかな……)


 盗みすぎてポーチを圧迫し始めている下級回復薬を飲みながらジンは考える。


 今も散発的に森からはゴブリンが出てきている状況だ。奴らを使えば、あるいは……?

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