21 ゴブリン侵攻戦③

 1匹目のゴブリンを倒し、ジンの意識に戦場の音、匂い、ひりつくような空気の感触が流れるように入ってきた。


 他の場所でも戦場になっているのか、金属音やゴブリンの悲鳴、魔法の炸裂する音が聞こえてきた。


 2匹目はまだ遠い。けれどもそこから先は数えるのも嫌になるほどのゴブリン達。確認できる範囲で通常のゴブリン以外は存在しないが、そのうちゴブリン兵などの上位の奴らが出てくるだろうとジンは予測している。


(殲滅させることはできないが、できる限り数を減らす!)


 ジンは勇敢にも群れに向かって走り出した。

 すぐに2匹目のゴブリンとぶつかる。


 一合。


 たったそれだけだが、ゴブリンの首が地面に転がった。


(いける! 少なくとも防御のバフ等はかかっていない!)


 昨日までは短剣の一撃で普通のゴブリンは倒せていたが、侵攻戦の時にのみ特殊な特殊なバフやスキルを覚えている場合がある。今の攻撃でその線は消えた。


 “自己犠牲”をはじめとした厄介なスキルをおそらく覚えているのだろうが、一撃で倒せるならあまり問題はない。


 仲間を殺されたことに怒りを覚えたのか、数匹のゴブリンが厳しい顔つき(少なくともジンにはそう見える)で襲いかかってくる。


 ジンはそれらを的確に攻撃を回避しつつ、右手に持ち替えた短剣で次々とゴブリンを切り裂いていく。


(簡単に倒せるが、ゴブリンからの被ダメージは0じゃない。まずは囲まれないように気を付けつつ立ち回らないとな)


 広がって攻めてくるゴブリン達を、ジンはジグザグに下がりながら対応していた。


 こうすることで、後ろに回り込まれる時間を稼ぐことができる。今はとにかく死なないように討伐を繰り返さなくてはならない。


 まとめて飛びかかってくるゴブリンがいれば大きく下がり、突撃してくるゴブリンがいれば勢いを借りてその体を掻き切り、防御しているゴブリンはあえて無視し、逆にジンを無視して通り過ぎようとするゴブリンは可能な限り倒す。


 そうして騙し騙し戦っていたものの、ついにジンはゴブリン達に囲まれてしまう。通常のゴブリンだけでなく、ゴブリン兵やゴブリン騎士さえも混じっている。


 ゴブリン騎士は通常のゴブリンよりも物理防御力が高く、今のジンの攻撃力では心許ない相手。かつてないほどのピンチに、ジンは焦る。


職業ジョブ取得はまだか!? ……今日の討伐数は80は超えているはずだ! 正確な数は覚えていないがもうすぐ……)


 そう思っていると背後から地面を蹴る音が複数聞こえてきた。


 振り返ると5匹以上のゴブリン兵がジンの背後を突いてやろうと迫ってきていた。まとめてバックアタックを喰らおうものなら一気に瀕死だ。


「小賢しいな!」


 気合一発。ジンは大きく左にかわしつつもゴブリン兵を1匹切り裂いた。

 しかしながら包囲の端に寄ってしまったことで、左側からゴブリンの一斉攻撃を受ける。


 棍棒の激しい攻撃を受ける直前、ジンはそれら1つ1つを

 今までとは速さ、精度が明らかに異なる動きにゴブリン達も硬直する。


 ジンの脳内に、声が響く。


 ——無職ノービスレベル10を確認。

 ——短剣による連続500体撃破を確認。

 ——職業ジョブ授与を行います。


 ——盗賊シーフレベルになりました。


 ——スキル“観察”を取得しました。

 ——スキル“短剣熟練(小)” を取得しました。

 ——スキル“素早さ強化(小)” を取得しました。

 ——スキル“ものをぬすむ”を取得しました。

 ——スキル“ポイズンナイフ” を取得しました。

 ——スキル“気配隠蔽(小)” を取得しました。

 ——スキル“器用さ強化(小)” を取得しました。


(やっぱりあったな強制職業ジョブ獲得!)


 EWOでは『強く(なっ)てニューゲーム』、『強制脱ニート装置』、『お前のような無職があるか』などと揶揄された隠しシステムだ。


 獲得条件はジンの脳内に響いた声の通り、2つ。


 1つ。無職ノービスの最大レベルであるレベル10になること。


 2つ。特定の方法で敵を500体連続で撃破すること。

 盗賊シーフになる場合は短剣を用いた討伐がこれに該当する。


 EWOでは特に2つ目の条件の重さから、縛りプレイ以外ではまず陽の目を浴びない方法だ。


 なお、その労力に見合ったメリットはちゃんと存在する。本来無職ノービスから最初の職業になる時はレベルが1に戻ってしまうのだが、この方法で職業ジョブを取得した場合は無職ノービスのレベルがそのまま引き継がれ、レベル10からスタートできるのだ。


 このメリットが転生者であるジンに非常に味方してくれた。教会の職業ジョブ授与を待つこともなく、レベルは高いままで、かつ自分の望む職業ジョブを得ることができるのだから。


 ゴブリン達の攻撃を弾き返したジンは、天からの声が収まるや否やそのまま前進。驚きのあまり固まっているゴブリン達を殴り蹴り、包囲を脱出して走り出した。


(スキルの効果もあるだろうけど、盗賊シーフになったことで本当に体が軽い! 素早さ器用さ特化は伊達じゃないな!!)


 ——本人は気づいていないが、通常の盗賊シーフレベル10にこんな動きは不可能だ。


 ところがジンは、盗賊シーフに素早さ・器用さが大きく劣る無職ノービスでカウンターを連発できるほど観察眼に優れ、また対魔物に関していえば、行動速度や攻撃パターンですら頭の中に入っている。


 そんな人間が突如、1回りも2回りも速く正確に動けるようになった場合、どうなるか。


 野球選手が重りをつけたバットで素振りをし、打席ではその重りを外すように。


 あるいは時速100キロで走る高速道路から降りた時、周りの景色がいやに遅く見えるように。


 感覚の差があればあるほど、周りは遅く見え、自分はより速く動くことができる。できてしまう。


 今だけの感覚かもしれないが、それは確かにジンのピンチを救ったのだ。


 ジンが向かうは北の森。

 大将討伐の準備は完璧に整ったのだから、もう立ち止まっている暇はない。

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