20 ゴブリン侵攻戦②
ジンは町の外壁に登り、北の森の様子を確認していた。
有事であるために立ち入りできないかと思いきや、冒険者ギルド発行の依頼書を兵士に見せるとすぐに通してくれた。
「転生して最初のイベントがこの規模の防衛戦ってのはなかなかハードじゃないっすかね」
と、ジンは誰が聞いているわけでもないのにこぼす。
視界の先に広がるのはぞろぞろ、というよりはぎちぎち、とハクタの町に迫るゴブリンの群れ。合間を抜けようにも、一点突破をしようにも不可能ではないかと思われるほどの密度だ。
情報収集をしていた関係で、ゴブリン達の到着予想時刻まで残り数十分に迫っている。ジンにはまだ遠くにいるように思えるのだが、実際はそうでも無いということだろう。
「これだけの数じゃ、よほど範囲攻撃か防御に優れた
現在のジンは
ゴブリンはおろかゴブリン兵も一撃で楽々倒せるようになっているが、それは1対1の話。群れの突破となるとまた別の能力が必要になってくるが、
ただ、イベントではボス魔物は座して動かなかった筈だ。故にゴブリングレートの居場所を突き止め、早々に討伐すればゴブリン達の侵攻が止まるか、敵の軍勢が大混乱になると思われる。
(とはいえ、それまでこの町が持つかどうかは別の話だな……ソルが指揮をするほどイベントが進んでいるとは思わないしな……)
そう思い壁の内側を眺めると、町の慌ただしい様子が確認できた。
「急げ急げ!」
街中を防衛団の旗を掲げた運搬車が走る。乗せている荷物は簡単に作成できる柵だ。
ゴブリンの大群に対応するために町の倉庫から持ち出したものである。この運搬車以外にも、次々と倉庫からは資材が運び出されている。物々しい雰囲気に住民は不安を寄せているようだ。
「住民の方々はこちらに避難してください!」
一方で防衛団は住民避難も行っていた。避難先は町の南側にある倉庫や、防衛団の詰所。もともと有事の際にはこうした使い方が想定されており、他の建造物と比べて頑強に作られているらしい。
避難訓練が時折行われているのか、ジンが考えているよりは混乱も少なく、スムーズに行動しているように思える。
「町の中も外もいよいよ忙しくなってきたな……俺も討伐隊に混ざらないと」
町の外には既に、防衛団が中心の討伐隊が編成され、待機していた。ギルド発行の依頼書曰く、冒険者はその
「さてさて俺の役割はなんだろうな」
「お、お前が参加するのか。初めてこの町にきたとき以来か?」
受付は最初にハクタの町の検問をしてくれた兵士だった。奇妙な縁を感じつつ、ジンは答える。
「ああそうだな、久しぶり。これが依頼書だ」
「確認するぞ……確かにギルドの依頼書だな。階級は
「ああ。役割としては補給の手伝いといったところか?」
「普通の
ジンはその回答に首を傾げながら再び尋ねる。
「どういうことだ?」
(本来の予定としては、前線の補給などの雑務を適当に放棄してゴブリングレートを探すつもりだったんだが……)
ジンはむしろ、その方がやりやすいと考えていた。
補給の人間が減ることで確かに戦力自体は削がれるかもしれないが、前線の人間が突出すれば陣形が歪んだり、無駄な負傷者を増やすことにつながりかねない。
防衛線の勝率が下がる真似をしたくはなかった。
「
ジンには心当たりがありすぎた。
「まず間違いなく俺だろうな……。なんだかすまない」
「いや謝る事じゃないんだけどな。……で、どうする? 防衛団としては、ジンが前線に参加して問題ないとは思うんだが、どうだ?」
しばし考えて、
「前線に参加しよう。ただ、できれば部隊などには参加させないでほしい。正直ずっとソロだったせいで、他の人たちとの連携には不安があるんだ」
この言葉に兵士もなるほど、と頷き、
「了解した。では同じ地域に配属される防衛団員にわかるように、この布を袖につけてくれ。遊撃隊の証だ。それで場所なのだが……地図のこの位置にまで向かってくれ」
兵士からは目立つ若草色の長い布を貰った。これを腕に巻きつければいいらしい。よく見ると、兵士の左腕には赤色の布が巻いてあった。
(事前に用意してあるということは、一定数俺のような一匹狼的な冒険者もいるということだろうな)
ジンは好んでやっている訳ではないのだが、ありがたいと思いつつ布を腕に巻きつけつつ、差し出された地図を眺める。
「ここから少し西側だな、わかった。行ってこよう」
目的地で待っていた部隊には、遊撃隊として何の抵抗もなく受け入れられた。ソロであることはそこまで珍しいものではないということだろう。
ジンは部隊から離れ、より町から遠く、すなわち敵と近い場所に陣取る。
ジンがその歩みを止めて間も無くして、町の中から大きな太鼓の音が聞こえてきた。腹の奥に響く大きな音。町の中であれば、恐らく朝の大鐘にも匹敵するほどだろう。
少し遅れて、大量の矢が壁の内側から飛び出していく。ここからは今は見えないが、もう射程圏内……おそらく数百メートル以内に敵の先端が見え始めているということだろう。
ジンは戦いの前に、思考の海に沈む。
(俺の目的はこの世界の全てを集めること……そのためにはこの急場くらいなんてことはないはずだ……覚悟を決めろ……今までの狩りを思い出せ……)
少しして、もう一度太鼓の音が響き、再び矢が射かけられるが、ジンにはその音も振動も聞こえていなかった。
ただ、前の小高い丘の向こうからは矢の雨を抜けてちらほらとゴブリンが見え始めていることは認識していた。
(あと50メートル、ゴブリンの足で12秒)
ジンを最初の獲物と認識したか、醜い笑い声をあげながらゴブリンがジンに迫る。
後続の仲間は矢にやられてしまったらしく、2匹目以降のゴブリンは少し離れたところに見える。
先頭のゴブリンの姿に焦点を合わせながらも、ジンはまだ思考から脱しない。
(本当にソルの命が危険にさらされるかはわからない)
今日ここまでの話は全て仮定によるものだ。本当にただ全てが偶然で、ゴブリン達には全く負けないかもしれない。
命を落とすことなんてないのかもしれない。
だが。
それでも。
(——ここで逃げていたなら、回避できるかもしれなかった知り合いの死を、一生悔やみ続けるかもしれないんだ )
いよいよゴブリンが迫る。
走る勢いのまま、棒立ちのジンに向かって大きく飛びかかりそのまま棍棒を振り下ろす。
ジンの体は自然に動いた。
半歩右に体を動かし、左手に握った短剣の腹をゴブリンの鼻に合わせる。
転生してから何百と繰り返した
ジンは吠える。
「かかってこい!!」
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