15 エルフの令嬢 —後編—

「どういうことだ!? まさか、やはりお前が……」


 剣に手をかけるテレンスをジンは見ていたが、ジンはうろたえない。

 少なくとも、この事実を伝えなくてはソルの命が危ういかもしれない。


「俺の知識が正しいなら、今から3日後にゴブリングレートたちが大挙して最も近くの拠点、ハクタの町に襲いかかる。そしてその中で“風の祝福の杖”を持つエルフが命を落とすかもしれない」


「まさかその“風の祝福の杖”というのは……!」


 ソルが自分の杖を見るのと同時に、いよいよテレンスがその剣を抜く。


「何をふざけたことを! そんな話信じられるわけがないだろう!!」


「信じなくてもいい! ただ、全て偶然の出来事として片付けるには出来すぎているんだ!」




 ジンの頭にあるのはEWO内で実施された期間限定クエスト『風の巫女を救え!』

 イベント報酬はソルが持っている“風の祝福の杖”。魔物の侵攻に対する拠点防衛の功績して、自分の杖と同じ力を持つレプリカ品を風使いのエルフから貰うことができる。


 EWOに限らず、MMOなどのネットゲームではこうした期間限定イベントが絶えず実施されている。


 コレクターのジンは当然その全てをこなし、全てのアイテムを入手していた。当然ストーリーの概略くらいは頭に残っている。


 これがゲームであれば、たとえプレイヤーが介入しなくとも拠点防衛は成功し、イベント期間終了となる。




 では、現実にハクタの町の防衛ができるか……と言われれば、ゴブリンの数次第なところもあるがまず不可能。敵の大将とも言えるゴブリングレートを誰も倒せないためだ。


 その場合、優先されるのはEWOのストーリーか、それとも現実に起こることか。


(……頭の片隅で考えてはいたんだ。固有の名前を持つアイテムは限定イベント報酬だったことも多い。そしてそのイベントを逃せばアイテムは基本手に入らない……。では転生したこの世界がEWOと似通った世界だとして、イベントを始められなかったあるいは未完だった場合。固有アイテムは、、どうなってしまうのだろうと)


 思考がぐんぐんと加速するが、収束しない。

 整理するためにもジンは声を出す。


「ソル殿を生存させる方法は思いつく中で2つ。1つは最低でも3日、ソル殿がゴブリン達から逃げ回り生きながらえること。とはいえこれはあまりに無謀だ。街道が塞がれている以上ハクタの町からはもう逃げられないし、3日で済む保証もない」


 指を立てながらジンは続ける。


「そして2つ目は敵の大将、つまりゴブリングレートを倒すこと。少なくともこれで拠点防衛は果たされるはずだ!」


 当然ジンも、ゴブリングレートがゴブリン達全てを指揮しているとは思っていない。


(ただ、ゴブリンは同族で意思疎通ができる程度には知能がある。大将を倒すことで群れの士気は一気に落ちるはずだし、普通のゴブリン相手ならハクタの町の冒険者でも対応できるはずだ)


 ジンの強い言葉に、テレンスも語気を荒げて返す。


「ではそのゴブリングレートを倒せる冒険者はどこにいるんだ!?」


「町で話したことを忘れたのか? 今から俺がそうなるんだ」


 テレンスは剣を放り投げたかと思うと、ジンに近づいてその胸倉を掴んだ。


無職ノービスのやつに何ができる!?」


「……無職ノービスじゃなくなるなら、どうだ?」


「まさか、今から祝福を受けるというのか!? あれは年1回の祝福の日に、教会から職業ジョブを授けられる以外にできないぞ! いくらお前でもそれはわかるだろう!!」


「そうではない方法を俺は知っている! ただ、それを果たすためには時間も金も無い……」


 ジンはテレンスの腕を振り払おうとするが、職業ジョブレベルの差によるものなのか、全く振り払えない。

 ジンはテレンスと顔を突き合わせるほど近くで話を続ける。


「だからテレンス殿、1日だけで構わない。ソル殿を町で保護して丸1日、俺と一緒に森に潜ってくれないか。無論自分やソル殿の命を優先してくれて構わない。頼む!」


 首だけではあるが、ジンは頭を下げる。


「1日だけでよろしいですの?」


 ジンの言葉に反応したのはテレンスではなくソルの方だった。


「お嬢様! こんな無茶苦茶なことを言う男を信用するのですか!?」


「彼が私の身を案じて言っていることくらい、わかりますの。それに街道がふさがっている以上、私達はハクタの町以外に移ることはできません。本当に襲撃があるなら、賭けてみる価値はありますわ」


 それに、とソルは続ける。


「私と貴方が離れるのは1日だけですわ。その間は冒険者ギルドで大人しくしておりますから心配ないですの。さらに言うなら、私からジン様への依頼はゴブリングレートの討伐ですわ。例えジン様の話が嘘であったとしても、目標は変わりませんの……テレンス、私からの命令です。ジン様に協力なさい」


「……御心のままに」


 いまだ怒り心頭といった様子のテレンスではあるが、主君からの命令を膝をついて受け取った。


「……これでよろしくて?」


「……ああ、十分だ。ありがとう」


 そうジンに語りかけるソルの顔は普段以上に絵になるものであった。




 町に戻ったジン達は森から救出した冒険者と保護対象であるソルをギルドに引き渡し、すぐさま森へと出向いた。


「それで、具体的にどうするつもりなんだ?」


 馬車に揺られながらもテレンスはジンに語りかける。が、怒りは収まっているものの、声色からは不肖の念が見て取れる。


「やる事自体はシンプルだ。まずはレベルを上げつつ金を稼いで、短剣を購入する。そこから襲撃のある3日後まで、できる限り多くの魔物を短剣で狩る……以上だ」


職業ジョブはどうするんだ?」


「俺の知識が正しければ、この二つをやっていれば。と言っても信じてくれないだろう。なに、ソル殿からの当初の依頼通り、レベルアップに付き合ってくれればいいんだ」


「そうは言ってもだな……お前は正真正銘の無職ノービスで、とても簡単な話ではないと思うのだが……」


「テレンス殿についてきてもらっているのは、言ってしまえば保険だ。俺が動けなくなったときに、ソル殿にそのことを伝えて欲しい。場合によっては隠れる場所を探して欲しい、とも」


「……なぜそこまでしてお嬢様に尽くせるのだ?私のように心身共に忠誠を誓っているわけでもないだろうに」


「自分の目の前の人間が死ぬかもしれないんだ。自分が助けられる範囲であれば、たとえ付き合いが短くとも助けてやりたいと思うものだろう?」


(建前上こう言ってはいるが……本当にそんな気持ちが働いているのかもしれないな)


 ジンは言いながらもそう考える。


 ジンの目標は、この世界の全てを集めること。

 であればイベント限定アイテム扱いの“風の祝福の杖”は意地でも欲しいものの1つだ。


 ただ、それが善人の持つ物であった場合、奪ってまでその手に収めようと思うほどジンは落ちぶれてはいない。


(とはいえイベントのように、複製がもらえれば一番いいんだけどなあ……)


 そんなことを思っていると、馬車は減速を始める。

 馬車の窓を開けると、約3時間振りだろうか。街道を包むような森が見えた。少し傾いた日に照らされても尚、鬱蒼とした雰囲気は変わらない。


「さて、到着したようだな」


 馬車が完全に止まるとジンとテレンスは降りた。

 テレンスが不安な様子でジンを見つめるが、ジンは構うことなく自分の手と拳を突き合わせて気合いを入れる。


(今から俺の糧になってもらうぞ、覚悟しろよゴブリンども!)

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