3 町長の依頼
ギルドに着いたジンは衝撃を受けた。
入口右手にある掲示板の前には冒険者と思しき集団があふれかえっており、そもそも掲示板までたどり着けそうもないのだ。
ここまで争奪戦になるなら事前に教えてくれてもいいじゃないか、と思わずにはいられない光景だ。
とはいえ
冒険者の王道と思われる採取、討伐、護衛、などなど競争率の高そうなものを避けられるのはある意味幸運ともいえた。
そう考えていると、大きな鐘の音がギルドの外から響いてきた。
同時に受付嬢が慣れた手つきで掲示板に紙を次々貼り出していく。
すると群がっていた冒険者たちが一斉に動き出し、貼られた紙を次々にぶんどっていく。
「まだまだ依頼はありますから押さないでください!!」
と叫ぶ名前も知らない受付嬢の言葉は届いていないようで、冒険者たちの勢いは止まらない。
「いただき!」「テメッ、それは俺が……」「こっちはだめだな」「押すな押すな!」「ラッキー!」「こりゃ無理なやつだ」「く、苦し……」「もう一回行くぞ!」「報酬渋すぎ!」「……」
おい1人死にかけのやつがいなかったか。
そんなことを思いながらも、後発組のジンもとうとう掲示板の前に押し出される。受けられる依頼の種類は少ないため、採集や掃除、お手伝いなどに絞って……
「これだっ!」
受付嬢から貼られ、すぐに取られなかった依頼に目を付けていたのが功を奏した。報酬は少ないかもしれないが、この依頼内容なら自分でも受けられるはずだ。
【依頼内容】農地開墾の補助
【場所】ハクタの町 北 農場予定地
【報酬】農地1人分につき500クルス。最大10人分
【期限】依頼受注から1日以内
【依頼主】ノーマン・プティ
唯一のネックポイントは農地1人分、という曖昧な記述だ。あまりに広大ならやめてもいいかもしれない、と思いギルドのカウンター行きの長蛇の列に並ぶ。
依頼受領もあれだけの争奪戦だったのだ。この後の受付完了までにどれだけかかるのやら……。
(せっかくなら情報収集をしておこうか)
並びながらも、ジンは周りの冒険者をこっそり観察してみる。冒険者の装備やメンバーの数、見えればであるが依頼内容から、ハクタの町近辺の様子をある程度知ることができるはずだ、との考えからだ。
並んでいる冒険者のメイン武器は剣あるいは斧のようで、槍を身につけている者がちらほら、という具合だ。適正武器を持っているとしたら
また、金属鎧は身につけていないまでも皆鍛え上げられた体をしていたことから、この予測の確度は高いだろうと思った。
もっとも、実は
注意深く観察していると、武器を持っていない冒険者も3割ほど見て取れた。
(素手で戦っているというよりは、仲間が宿屋に武器を預けていると考える方が自然か?)
武器を持たない冒険者の受付の様子を見る限り、依頼を受けるタイミングになると並んでいないパーティーメンバーが集まってきているようだった。待機列の緩和のためだろうか?
さらには、
(なんだろう、あの光は……?)
依頼を受けるパーティメンバーが揃い、受付嬢が球型の何かに紙(恐らく依頼書)をかざすと球が光り出した。EWOには無かったものだからこそ気になる。自分の番になったら正体がわかるだろうか?
なお残念ながら、各々が持っている依頼内容に関しては確認することができなかった。
ジンの背がそこまで高くない、というのもあるが殆どの冒険者が依頼内容を見られないように紙を折り畳んで手に持っている。横取り対策だろう。
(見たところ、冒険者たちの武器は鉄か鋼のそれが多いか……となるとやはり、この辺りはEWOの序盤エリア相当の魔物が出ると見てよさそうだ。依頼を受けているのが
ふうむ、とほかの冒険者パーティーが待っているであろう酒場付近を眺めてみるが、やはり
そうして観察しながら待つこと体感30分。
「おまたせしました! あ、ジンさん! 早速依頼を受けられるんですね!」
対応してくれるのはマゼンタのようだ。ジンが並んでいる間にもずっと仕事をしていたのか肩で息をしている。結構な汗もかいていることから受付業務の激しさがうかがえた。
「ああ、お金はいくらあっても足りないからな。……昨日は宿を手配してくれてありがとう。助かったよ」
「いえいえ、冒険者登録初日でしたし、ハクタの町に来るのも初めてって言ってたから、もしかしたら宿をとっていないと思って……ご迷惑でしたか??」
「そんなことないぞ。宿のことは全く考えてなかったからな、情けないことに」
言いながらジンは苦笑し、依頼書をマゼンタに差し出しながら続ける。
「早速この依頼を受けたいんだが、俺でも受けられるよな?」
「確認します。……はい、この内容ならジンさんでも問題ないですよ! 詳しい依頼内容の説明をしてもいいですか?」
「頼む」
「わかりました! 少しお待ちください」
そう言うと、マゼンタはカウンターの横に置いてあった水晶玉に依頼書をかざす。すると水晶から淡い光が漏れ出し、幾つかの文字や数字と成った。
「では説明します。今回の依頼はハクタの町用の農地開墾のお手伝いです。道具は依頼者が用意してくれています。農地の単位である“1人分”とは1人分の食料が生産できる広さ、という意味で、具体的な広さは現地で確かめてほしいとのことです。もちろん確認後、1人分も無理だと思ったらキャンセルすることもできます」
ジンは、おおっ、と感動しながらも感心した。
(なるほど、この水晶は依頼の詳細な内容を教えてくれる魔道具なのか。光を出す技術もあってここだけ近未来感があるな……もし記録できる量が多いなら、同じものを再現してこの世界でのアイテム図鑑にしてみてもいいのかもしれないな)
真新しいもの、知らないものには目がないジン。彼にとっては昨日の会話具といいこの水晶といい、本題をそっちのけにしたくなるほどの魅力を感じてしまう。
とはいえ昨日のアルビーに続きマゼンタにも迷惑はかけたくない。
依頼の内容を思い出して考えてみると、なかなか良心的な依頼主だ、とジンは思う。こちらがやりやすいように敷居を極力下げてくれていた。
「依頼主のノーマンさんは、有名な地主か農家の元締めか何かか?」
いいえ、とマゼンタが首を振る。
「ノーマンさんはハクタの町の町長さんです。時々冒険者ギルドにも、こういう初心者向けの依頼を出してくださるんですよ。一度お会いしたことがありますが、貴族様とは思えないほど丁寧で冒険者への理解のある方なので是非是非受けてみてください!」
ん?とジンは首を傾げる。
「貴族様、ってことはハクタの町規模の町の長には爵位を持った人がなるのか?」
「……ああ!! ノーマンさんは正式なお名前で呼ばれることを好まない方なので、つい町長さんって呼んでしまいました」
いけないいけない、とマゼンタは頬をかき再び姿勢を正して言い直した。
「ノーマン・プティ町長は立派な男爵様です。本来男爵様であれば領地を持たないこともあるんですが、その内政手腕を買われて町長に抜擢されたんです。実際、ノーマンさんが来てからのハクタの町の発展具合はすごいらしいですよ!」
私はノーマンさんが町長になってからずいぶん後に来たんですけどね、と苦笑いしながらも答えてくれた。
ますますこの依頼を受けるメリットが大きいな、とジンは思いつつ口を開いた、
「そんなにすごい人なら、是非とも依頼を受けておきたいな。依頼を受けるのに何かする必要はあるか?」
「冒険者が依頼を受ける時には、依頼書の内容を確認して問題がなければこちらにサインをお願いします……と言ってもジン様は文字が書けないんでしたよね。私がサインをします……ジン……っと。こちらを依頼主の方にお見せすればお話はスムーズになると思います」
と、【受注者】の欄に「ジン」と書かれた依頼書が手渡された。
受け取って確認してみるが、読めるのに書くのはとても難しそうだ。目の前で書いているのを見せてもらってもそう感じるのだ……。異世界の文字というのは恐ろしい。
ただ、せめて自分の名前は練習しておこうと心に決めるジンであった。
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