4 ノーマン町長

 マゼンタから農地予定地を聞いたところ、なんと農地はハクタの町の外にあるらしい。


 無職ノービスでも問題ないのかはもちろん質問したが、町周辺の農地には門番と同じような役割を持つ兵士が警戒と魔物の討伐に当たっているらしく、魔物に大きな怪我を負わされたという人はほとんどいないという。


(まあ、職業ジョブを持った人がほとんどだというのだから、スライム程度では相手にならないんだろうな)


 とも思った。


 なぜなら、たとえレベル1であっても、無職ノービスとそれ以外とではかなり能力に差が生まれるからだ。


 例えばハクタの町に来る前のように、無職ノービスであればスライムを一撃で殴り倒すためにカウンターが必要なのだが、仮に剣士ソードマン職業ジョブを持っている場合はただ殴るだけで倒せる場合がある。

  戦士ファイターであれば確定で倒せるし、魔法職の魔法使いメイジ僧侶クレリックでも無職ノービスよりは殴る回数が少なくて済む。


盗賊シーフでなくても、別の職でならこんなに考えなくて済むんだけどな……)


 自分の境遇に落ち込みかけたジンは自分の頬を軽く叩き無理矢理に思考を切り替える。


 農場予定地はハクタ町の南門を出て近くとのことなので、依頼書を持ってすぐに向かうことにした。

 この依頼以降の魔物討伐の時間を少しでも長くしたいと考えたためだ。魔物討伐以外で無職ノービスのレベルアップはしないのだから仕方がない。


 南門はジンが初めてハクタの町に入ってきたものとは真逆の門であり、ここから先の景色をジンは初めて目にした。


 北門から先は街道と草原が広がっていたが、南門から先は大規模な穀倉地帯といった趣だ。青々と茂っているのは麦に似ている気がする。夕朝食で食べたパンの原料なのだろうか。


 そんな中で、全く植物の生えていない一角が見えた。あれが今回の依頼対象である開墾地なのだろう。


 近くまで行ってみると、1人の兵士がこちらを見て一礼をした。鉄の槍を手に持っていることから職業ジョブ騎士ナイトだろうか。


「今回ノーマン様の依頼を受けたのは貴殿ということでよろしいか?」


「そうだ。これが依頼書だ」


 そう言うとジンはサイン入りの依頼書を差し出した。兵士はそれを受け取ると、軽く内容を確認してジンに向き直った。


「ジン殿、だな。初めて見る顔と名前だが、冒険者登録して間もないということか?」


 ジンには分からなかったが、きっと自分のネームタグを確認したのだろう。


「登録したのも、ハクタの町に来たのも昨日からだ。いきなり町長殿の依頼を受けられてラッキーだと思っている」


「なるほどなるほど、ラッキーか。貴殿もいずれは立身出世をってクチか? だったら冒険者稼業は悪いことではないと思うぞ。俺の先輩にも何人かいるが、同じ歳の先輩と比べて戦いの腕は一枚も二枚も上手だからな」


 と、兵士は自慢するように答えてくれた。別に出世を目指しているわけではないんだが……。

 ジンは少し苦笑いしながらも依頼の詳細について聞いてみることにした。


「少しでもお眼鏡にかなうよう頑張るよ……早速で悪いんだが、依頼内容にあった“1人分”の農地ってどれくらいの広さなのか教えてくれるか?」


「ああ、この依頼は結構曖昧なところがあるからな。とはいえ説明も非常にざっくりなんだが、いま目の前にある荒野みたいなこの土地、これで10人分だ」


 そう言われた植物の生えていない土地は、ざっと体育館2つ分はありそうだ。これを1日で耕し切るのはよほど体力を持て余した人間でなくては不可能ではないか、と思える量だ。


 さらに兵士は注意を促すように人差し指を立てながらジンに向かって語りかける。


「ただし、耕すのもただ耕すだけじゃダメだ。俺が少しだけ耕しておいたから、それと同じような土の状態になって初めて農地として認める。農具はそこに置いてあるものを使ってもいいし、自分の他のものがあればそれでもいい」


 立てた人差し指が差す先には、しっかり掘り返されて色の変わった土が見えた。


(ううむ、これは思った以上に重労働かもしれないな……)


 かなり骨が折れそうだなあと思っていると、ジンに少しの閃きが起こる。


「ちなみにここで、魔法を使うことはできるか?」


「ほう、魔法が使えるのか。もちろん使っていいぞ。ただし、他の作物に被害が出るようなものはやめてくれ。魔物が出た時も呼んでくれればすぐに駆けつけるからな」


「ありがとう。何か危険があったら呼ぶことにするよ」


 言いながら、ジンは実験が1つできることに安堵した。


 実験はプチヒールに関することだ。

 EWOでのプチヒールの効果はHPの回復。


 では疲労はどうだろうか。もともと疲労の概念のないEWOでは確かめようもない内容だからだ。


 昨日までもプチヒールを使ってはいたものの、相手がスライムばかりで、戦闘の合間もほどほどに開いていたことから疲労に関しては実感が薄かった。


 ただその夜にすぐ眠ってしまったことから、完全な疲労回復にはプチヒールでは物足りない可能性が高いが、少しでも軽減できるならやっておくに越したことはない。


「じゃあ、耕してくれた区画から始めていくぞ」


「よろしく頼む。作業を終了する場合や、何か質問があるならまた呼んでくれ。俺は向こうの見張り小屋にいるからな」


 と言って兵士は去っていった。

 その背中を確認すると、ジンはまず耕された土の状態を確かめた。周りのそれと比べて明らかに柔らかく、また色も濃い茶色をしている。


「ここまで耕すのにどれほどかかるのかは分からないが、まずはやってみよう」


 そう言ってクワを持ち、地面に振り下ろす。ざくっと土にクワが刺さり、持ち上げると下から新しい土が現れた。何度も振り下ろしては持ち上げ、を繰り返すとだんだんと土の色が濃くなっていくのがわかる。


(確かに重労働だが、成果が目に見えているからか楽しいぞ)


 さらに繰り返すと、ようやく目標の土の状態になった。ふかふかで柔らかい。

 更にざくざくと土の掘り返しを行い、大体5メートルほど進んだところで腕が少し疲れてきた。


「ここらで一度試してみるか。“プチヒール”」


 自分に向かって魔法を唱えると、淡い光がジンの体を包む。現在特に怪我をしていないのだが、魔法の効果はというと、


「ふむ、これなら効果があるって考えていいだろうな」


 ジンは右腕と左腕を回して疲労の状態を確認した。覿面とまではいかないが確実に腕の疲労を軽くすることに成功していた。


 これならまだまだ開墾ができるぞ、と思いながらジンは作業を再開した。




 ——その様子を農地の見張り小屋から見ている人物が2人。

 1人はジンから依頼書を受け取った兵士だ。

 そしてもう1人は、


「こんな荒屋で申し訳ありません、毎度お越し下さらなくても問題ありませんよ、ノーマン町長」


 と、頭を下げた兵士の先にある人物。ノーマン町長だ。


 恰幅が良い中年の男だ。大物然としているが服装は決して豪奢なものではなく、その眼差しには知性を感じる。貴族というよりはやり手の商人といったほうが彼には適しているだろう。


「私の趣味みたいなものだ、気にする必要はない。この見張り小屋も私が言って建てさせたのだしな、そんなにかしこまらないでくれ……それより彼、ジン君はどんな感じだった?」


ストーン冒険者で、かつ冒険者登録も昨日行ったとのことです。普通ならブロンズシルバーの冒険者パーティーに加入して下積みをする期間のはずですが……」


「ふむ、確かにストーンでいきなり個人の依頼受注は珍しいな」


「それに、魔法を使えるかという質問をされました。目立つ武器を持っていないのでてっきり職業ジョブ魔法使いメイジか何かかと思っていたのですが」


 と、兵士は窓の外に見えるジンの働く姿を眺める。ジンは普通にクワを使って地面を耕している。先程休憩のためか、一度クワを下ろしたっきり休憩や他ごとをしている様子はない。


「ふむ、たしかに魔法を使う様子はないな……魔法使いメイジ僧侶クレリックであれば、若くても防衛団に加入させることを検討できたのだが」


 度々行われるノーマン町長の“視察”の目的は防衛団と呼ばれる組織への引き抜きをするための人物選定だ。


 防衛団はハクタの町を魔物や野盗から守るためのノーマン町長お抱えの騎士団のようなもので、本人は権力的な意味合いを持つ言葉を嫌うため、防衛団という名前にしている。


 なお、ノーマンが防衛団を動かすことはなく、あくまでも団員の加入に責任を持つ、という立場を貫いている。

 本人も、自分が戦よりは農地開墾などの内政に才能を持つ人間だとわかっているため特に不満はない。


 もちろん冒険者ギルドとの関係を保つために、加入は本人の自由意志をもとに行われる。


 ただ加入させた団員が問題を起こしたとなれば、町に住む人たちの不安や防衛団そのものを問題視する事態になりかねないため、こうして将来のために自ら確認をしているのだ。


「現在は、というかこれまでも慢性的に魔法職は不足していますからね」


「仕方がないことではあるのだがね。そもそも冒険者としても魔法職は引っ張りだこだろうしな……もう少し募集時の給料を上げてみるのも……」


 その言葉を聞いた兵士が慌てて止めに入る。


「やめてください町長。町長がハクタの町をお好きなのは我々も十分理解しておりますが、これ以上私財を使われるのでは我々が困ります。せめて防衛団うちの団長よりはいい生活してください本当に」


「む、町民から税を集めて町民のために使っておるのだ。この使い道に誰も文句は言うまい。それに子供達にもちゃんとお金は使っているぞ」


「あー、それは孤児院の子達ですね。さも自分と血の繋がった子のように言わないでいただきたい……そんなだから男爵様になって長いのに浮いた話も陞爵の話も無いんですよ」


「陞爵はともかく伴侶の話は余計だ、ばかもの」


 ……他の貴族であれば、一兵卒が発言すれば即打ち首となってもおかしくない内容ではあるが、彼らにそのような雰囲気はない。


 この気さくさと、農場の見張り小屋をはじめとした庶民に対する深い思慮が、民衆が彼をいまだに町長の座に据えていても大きな不満が起こらない理由の1つだ。


「さて、今日はこれでおしまいにしよう。彼、ジン君が何かしらの成果を上げてうちにきてくれることを期待しよう」


 そう言ってノーマンは壁にかけていた、使い古しのフード付きマントを手にとって小屋の外に歩きだした。

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