第2章 令嬢の起こす騒乱

1 逃避行

 ジンが白鳥の旅立ち亭で、転生してから初めての夜を過ごしているさなか。


 ハクタの町から北に向かった先にある森で、戦闘が行われていた。


 片方は人間ヒューマン2人組のパーティーだ。


 1人は緑色の石が先端に埋め込まれた杖を敵に向かって構える小柄な影。フードを目深にかぶり、簡素なローブを見に纏っているため、その容姿はほとんど分からない。


 もう1人は金属の鎧とガントレットを身につけ、少女よりも前で剣と盾を振るう青年。彼が纏っていたと思しきローブはボロボロになって地面に落ちていた。

 濃い金色の短髪の下は精悍な顔つきをしているが、今は疲れによるものか、少し表情が歪んでいる。


 彼らが戦っている相手は7匹のゴブリンの群れだ。


 ゴブリンは1メートルに満たない背丈と醜悪な顔を持ち、棍棒のような武器と、急所のみを隠すぼろ布を身につけた魔物だ。


 1体の戦闘力はスライムに毛が生えた程度だが、常に集団で行動し、他の魔物よりも知能が高めで比較的高度な連携を行うことができる。


 そのため大規模な群れとかち合った場合は、熟練の冒険者でも苦戦することがありうる厄介な魔物だ。


 膠着状態から先に動いたのは人間ヒューマン側。

 杖を構えた小柄な方が自身の魔力を使用し、呪文を紡ぐ。


「“ウィンドカッター”!」


―――――――――――――――――――

 ウィンドカッター 【魔法】

 真空の刃を放ち、風属性ダメージを与える。

―――――――――――――――――――


 呪文を唱えると、杖の先に魔法陣が展開され不可視の刃が飛翔する。向かう先はゴブリンの群れのうちの1匹だ。


 ゴブリンは横に飛び退くが、魔法から逃れることはできず命中。左手足を失って倒れ、起き上がることはなかった。


「お嬢様! このような雑魚、私一人で十分です!!」


 と、剣と盾を構えた青年が小柄な少女を守るようにゴブリンの群れとの間に立ち塞がり、魔法発動の隙を狙って飛びかかってきたゴブリンを一刀の元に切り捨てた。


「貴方に任せっきりというわけにはいきませんわ! それよりも、目的地はまだですの!?」


 お嬢様と呼ばれた少女はいつでも魔法を発動できるよう、ゴブリンの群れに向けて杖を向け続けている。


 杖を向けられた残る5匹のゴブリンたちは、そこから放たれる攻撃がこちらを殺しうることを理解したのだろう。

 武器を構えたまま距離を取りつつ、グギャグギャと小声で、目線を敵たちから離すことなく意思疎通を図る。


 人間ヒューマンである二人にはゴブリンたちが何を言っているのかは当然理解できないのだが、5匹のゴブリンは自分たちのみでは彼らに敵わないと判断し、なんと増援を待つことにした。


 遠距離の魔物の気配がわかる者なら、更に倍以上の数のゴブリンと、上位種のゴブリンが迫ってきているのがわかるはずだ。


 ただ、少女の職業ジョブ魔法使いメイジ、青年は騎士ナイト


 斥候の役割を果たせる盗賊シーフ弓使いアーチャーがいない以上、この膠着状態が続くと他のゴブリンが向かってくるかもしれない、くらいの推測を立てることしかできない。


 2人はこれ以上の戦いを避けるため、後退を始める。


 2人は一人前以上と呼ばれることもあるゴールド魔鉄ミスリル冒険者と同じ程度の強さを持っているが、相手が群れとなれば戦って無傷で切り抜けることは非常に難しい。

 特に後衛の少女は軽装であり、職業ジョブの問題もあり死の危険すら存在する。


 そんな危機的な状況を前に、後退しながらも青年は少女に声をかける。


「ハクタの町はこの森を抜けた先にあります。恐らく明日中には辿り着けるでしょう。……抜けた先は平原で、スライム以外ほぼ魔物がいないと聞きますから今夜のようにはならないと思います」


 彼らはこの森の中にゴブリンの集団、あるいは集落クラスのコロニーがあることを知っており、それらを避けて通る道筋や、やり過ごす方法をある程度身につけていた。


 しかしながら、野宿をしている最中にゴブリンとは別の魔物の襲撃を受けてしまった。


 襲撃者はこの森には生息していないはずの強力な魔物で、火を全く恐れずに近づいてきたのだから2人は逃げるように旅路を急いだ。


 幸い魔物を振り切ることには成功したが、ゴブリンの縄張りに足を踏み入れてしまったらしく、相対する羽目になってしまったわけだ。


 ゴブリンはウルフなどの獣タイプの魔物ほどではないが、縄張り意識は強い。特に縄張りの奥深くまで入ってしまった場合は縄張りを脱出してもしつこく追ってくる場合がある。


「森の外の魔物が弱いのなら希望がありますわね。まだまだゴブリンやあの魔物が追ってくる可能性もありますし、早く抜けてしまいたいですわ」


 話しながらも少女はさらに呪文を唱え、また1体のゴブリンが地に倒れ伏す。今度は詠唱の隙を狙われることはなかった。


「テレンス、少しだけ時間を作って頂戴。一気に倒して森の外へ行きますわよ」


「かしこまりました、お嬢様」


 言葉を受け取った騎士ナイトのテレンスは自身のスキルを発動させる。


「“挑発”。私が相手だ、ゴブリン!」


―――――――――――――――――――

 挑発 【アクティブスキル】【範囲】【発動条件:盾装備】

 自分を中心とした範囲の敵に

 “挑発”状態を与える。

―――――――――――――――――――


 “挑発”は騎士ナイトが盾を装備している場合に発動でき、相手の攻撃対象を自分に固定するスキル。


 ただし、攻撃範囲の広い魔法を使う敵や対人では通じない場合も多いため、実質物理攻撃系の魔物専用のスキルとなっている。


 挑発が成功したのか、今まで少女の方に顔を向けていたゴブリンたちもテレンスの方に向き直る。同時に4匹のゴブリンが一斉に跳び掛かってくるが、恐れる必要はない。


 なぜなら、テレンスは自分の役割を果たしたのだから。


「死になさい! “サイクロン”!」


―――――――――――――――――――

 サイクロン 【魔法】【範囲】

 小規模の旋風を発生させ

 範囲内に風属性ダメージを与える。

―――――――――――――――――――


 呪文を唱えた瞬間、少女の杖も光りだし魔法が発動する。


 ゴブリンの真後ろに、2メートルほどのつむじ風が現れ、ゴブリンたちを飲み込んでいった。


 にもかかわらず、それに手を伸ばせば触れられそうなテレンスには全く影響がない。

 “サイクロン”はすぐに収まったが、襲ってきたゴブリンたちの姿はなかった。


「今の音で魔物が寄ってくるかもしれないから、早く逃げますわよ!」


「かしこまりました。……私に影響を及ぼさず、ゴブリンのみ討ち取る魔法のコントロール、お見事です」


「こんな時によして頂戴。ゴブリンを引き付けてくれた貴方のお陰でもありますのよ」


 彼女らはそんな雑談をしながらも、森の悪路を走る。

 ハクタの町まで、もうすぐだ。

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