番外編1 無職 Side:シアン

 ジンが創薬ギルドに向かう様子を見送ったシアンは、彼から受け取った麻袋を素材鑑定の棚に乗せて息を吐いた。


 ストーン冒険者、ジン。

 昼間に彼が冒険者登録をしたのち、後輩のマゼンタから彼の話をされた。


 曰く、孤児で18になる現在まで無職ノービスでいる。


 曰く、職業ジョブを教会で授けてくれることを知らなかった。


 曰く、無職ノービスでありながらスライムを恐らく素手で討伐した。


 曰く、曰く……とにかく色々な話を聞いた。

 事務的な内容以外での言葉が少ないシアンにとって、お喋りなマゼンタが煩わしく思うこともあるが今回は興味が勝った。


 ここまで能力と知識がちぐはぐな人物が本当に居るのだろうかと。


 冒険者登録において重要視される経歴は職業ジョブと犯罪歴の有無くらいなもので、孤児院出身であっても登録にはなんら支障がない。

 むしろ孤児だけで構成された実力ある冒険者パーティーもあるくらいだ。


 ただ、どんな孤児であっても教会の存在は知っているはずだ。


 マゼンタがジンに説明したように、何かしらの職に就くためには職業ジョブが事実上必須である。


 それは職業ジョブを得ることで筋力や魔力が強化されてよりハードな仕事に耐えられるだとか、素早さが強化されてより早く仕事ができるようになるとか、そういう理由だ。


 それゆえ孤児は、いや孤児ほど職業ジョブやそれを与えてくれる教会を知って然るべきなのだ。


 加えて文字が書けない、重さの単位も正確には知らないとなれば本当に町で生きていく気があるのかどうかも怪しいレベルだ。


 確かに辺境の町では十分な教育がなされていないと聞く。


 ただ冒険者を目指すのであれば、依頼に関する内容を理解するために重さや数の数え方、契約を交わすための文字を理解することは必要な技能になる。


 そのためマゼンタから話を聞きながら、シアンはジンの経歴や記憶喪失を疑った。

 どこかの国のスパイであったり、記憶喪失である方がまだ納得がいくからだ。


 幸いにして、シアンにはそれらを見分ける自信があった。


 彼女は職業ジョブとして盗賊シーフを授かっており、レベルは盗賊シーフの上限に近い20。

 妨害をされなければ、盗賊シーフのスキルを用いて相手の能力や状態をある程度知ることができる。


 更に、仮に妨害や隠蔽をするようなスキルもしくはアイテムが用いられていたとしても、嘘かどうかだけは見極められる魔道具を冒険者ギルドから貸与されている。


 ……受付としての本来のスキルの使い方は、魔物素材とその素材を持ち込んできた冒険者の強さに乖離があるかを知ることで、本当にその魔物を倒したのか判断したり、魔物素材のおおよその質を見極めることなのだが。




 色々と考えながら業務をこなしていると、日が傾いてきたころにジンは戻ってきた。


 出ていくときには持っていなかった麻袋を背負っており、膨らんでいることから魔物狩りには成功したのだろう。


 彼が2、3マゼンタと話をした後、シアンのいるカウンターにやってきた。


「初めまして、買取カウンター担当のシアンです。よろしくお願いします」


 何百何千と行ってきた、初めての冒険者用の挨拶をしながらシアンはスキルを発動させる。


(——ひとまずのスキル使用結果として、彼の職業ジョブ無職ノービスレベル3、ですか)


 マゼンタから得た事前情報に嘘がないため間者の線が消えたことに、シアンは安堵した。


「横で話は聞いていましたが、無職ノービスの方なんですね。袋の中の音を聞く限りかなりの数のスライムの核があると思いますが、数は覚えていらっしゃいますか?」


 言いながらもスキルを継続させて発動する。


(——身体能力は無職ノービスレベル3といって差し支えない)

(——暗器などを隠してはいない)


 そのままスキルを継続しておこうと考えていたが、続く言葉にさすがのシアンも驚いた。


「45個だ。全て買取はできるんだよな?」


 個数にも驚いたが、もっと驚いたのは個数を正確に記憶している事実だ。


 上位に上がるための冒険者の技術の1つに、状況の把握能力が挙げられる。


 自分たちがどこまで戦えて、いつ退くべきなのかを把握できれば、それだけ生き残ることができ、成果を上げられるチャンスが増えるからだ。


 通常そのような技術は経験を積むことで徐々に身につけられるもののはずで、冒険者になりたての18歳の青年が持っているものではない。


「それぞれの質の把握はさせていただきますが、全て買取になるかと思います。それにしても本当に無職ノービスの方とは思えない討伐数ですね……最近はスライムの核も需要が高まっていますからありがたいのですが」


 話を少し引き延ばしつつ、シアンはジンのもっと深い部分まで知ろうとする。


(——年齢は申告と異なるけど誤差の範囲。来月で18になる、というだけで珍しくはない)

(——魔力が減っていることから魔法を使ったと想定できる)

(——体力はほぼ満タン。無職ノービスでも使える魔法、プチヒールによる回復を行った?)


「……ところでなんだが、スライムの核って何に使うんだ?」


 この言葉で、シアンはスキルの使用を中断する。


(本当に知識は無知に近いのですね)


 頷きながら改めてジンの身体を確認すると、スキルを使うまでもなく異常な点が2つ見つかった。


 1つ目は、暗器はもちろん武器を何も持っていないこと。つまり、本当にスライムたちを素手で倒したということ。


 2つ目は一般的な服以外に何も防具がなく目立った破損もないこと。つまり、致命的な攻撃を受けることもなく余裕ある撤退したということ。


「やっぱりマゼンタちゃんの言った通り、知識に関してはかなり足りない、と言ったところですか……質問にお答えしますと、スライムの核は主に2種類の使い道があります。状態の悪いものは松明やかがり火を長持ちさせるための燃料、状態の良いものは浄水です」


 説明すると、ジンは納得したように頷いた後、少し考えるようなしぐさを見せ、思い出したように声をかけてきた。


「あ、そうそう」


 と、ジンは瓶詰めの透明な物体をこちらに差し出してきた。スキルを使用せずともわかるが、これはスライムゼリーだ。


 数百のスライムを倒してようやく手に入れられるアイテムのため、冒険者ギルドでもなかなかお目に掛かれない。


「こいつはいくらになる?」


「これはスライムゼリーですか。ラッキーですね、おめでとうございます。……ですがこの手のアイテムに関しては冒険者ギルドではなく、創薬ギルドに買取をお願いした方が良いでしょう」


「創薬ギルド?」


「はい。回復薬や毒消しをはじめとした各種回復アイテムの研究を行っている組織です。そこでしたらスライムゼリーなどの魔物が落とす回復アイテムを高く買取をしてくれます。冒険者ギルドでも買取はしておりますが、国内で価格が統一されていますので決して高くはないですから」


「回復アイテムの研究か、それは夢があるな。じゃあその創薬ギルドはどこにあるんだ?」


 この発言に、シアンの疑問符は最大限まで膨れた。


 夢がある、とはどういうことなのだろうか。


 彼の出身地では回復アイテムは開発するものではない、とでもいうのか。


(特異的に僧侶クレリックが多く授けられる村や集落が出身であれば可能性もありますが……はて……?)


 すぐに結論が出そうにないため、シアンはジンの質問に答える。


「冒険者ギルドを出た通りを左に行った突き当りにあります。ギルド章は中身のない回復薬の瓶で、建物も大きいため間違えることはないと思います。買取担当としては、スライムの核の鑑定に時間を頂きたいので、先に創薬ギルドに行って頂けると助かります」


「わかった、じゃあ先に創薬ギルドに行ってこよう」




 ……これらの短いやり取りの中でシアンがジンを見て、考えて下した総合的な判断は、身体的な能力上はやはり”普通の”無職ノービスである、ということだ。


 ただ、連続して50匹近い魔物を相手取る無職ノービスは聞いたことがない。


 しかもジンが町を出ていた時間は、午後から出て日が落ちる前に帰ってきたと考えると3時間に満たないと予想できる。


 計算上、丸1日町の周りを探索すればその討伐数は200匹に達する。いくら相手が最弱のスライムとはいえ異常の一言だ。


 故に、頭脳や精神性に関してはどこか異常があるかもしれないと考えた。

 シアンは記憶喪失の線が最も濃いと考えてる。


(しかし、この内容はギルドマスターに報告すべき内容なのでしょうか……)


 受付嬢であるシアンやマゼンタには冒険者の素行を上にあげる義務が存在する。


 冒険者ギルド内で冒険者の実情・実態を肌で知り、また直接的なやり取りを最も多く行う立場にあるからだ。


 もちろん問題が無ければ最初の登録時から追加で報告を上げる必要はなく、また受付嬢から提案をしたとしてもよほどの功績あるいは不良がなければ上が動くことはない。


 今回のジンの事案を客観的に見直せば、日常的な記憶に関しての喪失があると思われる無職ノービスが、ストーン冒険者になった、というだけのことだ。


 そう結論付けしたシアンは、どこかもやもやした気持ちを抱えながらも、受付カウンターで別の冒険者とのやり取りを始めた。

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