第1章 ゲームと似た世界

1 ハクタの町

(近くで見ると立派なもんだなあ……)


 仁は今、(恐らく)集落の壁の前に立っている。大体4階建てのアパートくらいの高さはありそうだ。


 材質はレンガによく似た石材。見張り櫓もあることから、ただの壁というよりは砦の外壁と言ったほうが近いかもしれない。


 ちょうど見回りの時間なのか、壁の上を一人の兵士が歩いている。仁からでは角度もあって、金属製の兜と日に焼けた顔の色くらいしか見えない。


「すみませーん!」


 と仁がその兵士に向かって声を張り上げる。

 兵士は声をどこからかけられたのか分からないようで、辺りを見回している。


「下でーす! 壁の外でーす!!」


 この言葉でようやく仁の方向を向いた。表情までは窺い知れないが、日本人っぽくない顔立ちをしているように思えた。


「そんなところで何やってるんだー!?」


「私は佐藤仁って言いまーす! ここには初めて来たんですけど、どこから入ればいいですかー?」


「旅人か! なんでこんなところにいるのかは知らないが、門はあっちだぞー!!」


 と、兵士の男は左を指差す。


「ありがとうございまーす!」


「いいってことよ!」


 言い終わると、兵士の男は歩き始めた。


(よかった、親切な人で……というか言葉は日本語のままで通じるんだな)


 色々な意味で助かった仁であった。




 兵士の男が指差した方向へ壁沿いに歩いていくと、ようやく門が見えてきた。


 見張りなのか、先ほどの男と同じような兜を被った兵士が、槍を持ち門の隣に椅子を置いて座っている。あ、欠伸したぞあいつ。


 仁が観察していると兵士も気がついたのか、頬をかきながら声をかけてきた。


「お、見ない顔だな。旅人か?」


「はい、そうです。ここは初めてで」


「旅人にしては軽装だし、武器もないな……何かあったか?」


 なんと答えに困る質問をするのだこの兵士は。


「いやその……魔物に遭ってその時に武器が壊れてしまいまして……」


 もちろん嘘である。


「おいおいマジかよ。そんな強い魔物でも現れたのか?」


「いや、そういうわけではなくて、単に戦い慣れていなくてですね……」


「ふーむ、そうか。確かに身体の線は細いし服装も普通だ。夜営の準備も無いようだし……本来は通行料を取るところなんだが野垂れ死ぬのを見捨てるわけにもいかん。荷物だけ改めさせてもらうが、終わったら通っていいぞ」


 そう言うと、兵士はこちらに近づいてくる。仁は自然とポーチを外して男に渡した。


「お願いします」


「お、おう……ほお、下級回復薬が4つ、スライムの核も4つか……ウルフとかゴブリンは居たか?」


 何故この兵士はこんなに質問をしてくるのだろうか。海外の入国管理官がこんな感じだと聞いたことがあるが、そういう立場の人はみんな喋りたがりなのだろうか。


「いえ、他の魔物には出会いませんでした」


「そうか、そりゃよかった。ポーチの確認は終わったから次は服の中だ。問題はないな?」


「もちろんです」


 そう言うと仁は兵士が探りやすいように両手を上げた。


「お、おう……」


 なんだか戸惑っている様子だが、何かあったのだろうか。


 とはいえ声をかけるのもな……と思っていると兵士が服の上から仁の体をパンパンと押さえ、異物がないか確認する。


「……よし、不審なものはなさそうだ」


 そうお礼を告げると男は、首を傾げながらも声をかけてきた。


「……今まで誰の所にいて、どういう教育を受けてたのかは知らないが、これから一人で生きていくなら冒険者になってみるのもいいんじゃないか?」


「冒険者ですか?」


 仁にとってその言葉にはもちろん聞き覚えがある。


 EWOにおける冒険者は、各種依頼を受けて達成することでゲーム内通貨を稼ぐプレイヤーを指した。


 最終的には魔王のいるダンジョンなどの高レベルの敵を倒すほうが効率は良いのだが、攻略のついでに依頼を受けれたり、特別な報酬がもらえる依頼もあったりと旨味もあった。


「ああ、冒険者なら犯罪歴が無ければ大抵の人間なら受け入れてくれる。併設された訓練所で身体も鍛えさせてくれるしな。もしそうなるなら敬語はやめたほうがいいぞ。実力主義の塊みたいな所だ、ナメられたら厄介だからな」


「そうで……そうか、わかった」


「よし、その意気だ。冒険者ギルドはこの通りの突き当たりにあるぜ。頑張ってくれよ」


 そう言うと兵士は仁の肩を軽く叩き、持ち場の椅子に戻って歩き始めた。


「ありがとう、頑張ってみるよ」


 仁は感謝の気持ちを込めて優しく兵士に答え、門の中に歩き始めた。




 門入ってすぐのハクタの街の通りは、とても活気があった。

 露天がいくつも並び、商品を買う人々もそれに比例して多い。


 見たことのない食べ物、アクセサリーは十二分に仁の興味を刺激したが、この世界の通貨がないため我慢だ。


 欲を払うように、歩きながら考えごとをする。


(そこに売られているのは鳥の串焼き、1本100クルス、その隣は手作りアクセサリー、1個500クルス以上……通貨の単位はEWOと同じで、1クルス=1円と考えてよさそうだ。日本にはない下級回復薬や魔物の素材がどうなるかは未知数だが……)


 考えながらも仁は歩き続ける。時々人に当たりそうになるが、そこは日本人。ぶつからないようにスルスルと避けながら進む。


(文字はなぜか読めるが、あんなみみず文字みたいなものを書ける気はしない。言葉も通じることから日常生活では違和感はないが……ギルドで代筆とかをしてくれるといいんだけど)


 不安になりながらも、仁は通りの終わりに到達した。目の前には、魔物の顔に剣の紋章……EWOでよく見た紋章が掲げられた大きな建物がある。


 ここが冒険者ギルドで間違いないだろう。

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