4 vsスライムの群れ
仁は右の手のひらをスライムの群れに向けて伸ばし、万が一にも気づかれてしまわないよう小声で言葉を紡ぐ。
「“プチファイア”」
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プチファイア 【魔法】
小さな火球を放ち、火属性ダメージを与える。
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(最下級の攻撃魔法、プチファイア。これが成功なら今の俺の
果たして仁の伸ばした腕の先には魔法陣が出現、その中心から拳くらいの大きさの火の玉が飛んでいった。
プチファイア成功である。攻撃エフェクトもEWOと全く一緒だ。
仁が感心していると、プチファイアはスライムの1匹に見事着弾。そのまま燃え盛り、核を残して地面に消えた。
他のスライムは焼け死んだ仲間を見て、ぶるっと震えて後ずさるように飛び退いた。
(……たぶん驚いているんだろうな。こんな反応はEWOでは無かった。この世界の魔物は現実の生物と同じような感情があり、考えることもできる、と捉えて良さそうだな。……ここもゲームと全く同じではないってことか)
スライムたちがこちらに向かってくる。プチファイアの飛んできた方向に敵がいると気が付いたのだろう。
スライムの移動速度から考えると、仁が攻撃範囲に入るまでに5秒くらいはあるはずだ。
その間にさらに思考を回す。
(今の俺は
「“プチファイア”」
仁はスライムに狙いを定めて呪文を唱える。先ほどと同じように火の玉が現れ、スライムに到達。瞬く間に焼き尽くした。
これで魔法はしばらく使うことができないはずだが、1対3は
スライムの群れは数を減らしながらもついに仁の元にたどり着く。
ここからは近距離戦だ。やりたくない距離なのだが仕方ない。仁はまたも慣れないファイティングポーズをとる。
先に動いたのはスライム。ぐぐっと縮んだあと、反動で仁のお腹に向かって体当たりを行う。しっかり見ていれば充分避けることができる速さだが、移動の時と比べれば格段に早い。
続いて2匹目のスライムが体当たりを仕掛けてくる。これも見えていたため避けることができた。
2匹の攻撃が終わったため、いざ反撃と思った矢先、またも1匹目のスライムが飛びかかってきた。
(マズ——)
仁の身体は反射的に痛みに備える。スライムが腹に直撃し、ぷるぷるした見た目とは裏腹な硬いゴムのような感触と衝撃と共に、仁は後ずさった。
(想定していたよりも痛いな……これは……)
ステータスが見られないため自分の正確なHPはわからないが、EWOなら、
だが、現実でダメージを受けると単純な数字通りにはいかない。痛みで身体の動きと思考にノイズが入り始め、想定している行動ができない。
また今の仁には思いついていないが、局部的にダメージが入り続ければ最悪欠損もあり得る。そうなればどれだけHPが残っていても戦闘力はガクッと落ちる。
(やられる前にやらないと)
そう思うと攻撃が終わった1匹目のスライムに向かって蹴りを入れる。これまで人を蹴ったことなんてない人生を送ってきた仁だが、体が自然に動いた。
体当たりされた時と同じく、蹴った感触は硬いゴムのようだった。不思議な感触を実感しながらも、3回連続で蹴るとスライムは倒れた。
倒すと同時に、仁は背中から衝撃を受けてよろめいた。残ったスライムが体当たりをしたのだ。システムがEWOと同じなら、知覚外の背後攻撃は“バックアタック”という判定になり被ダメージが2倍になる。
(ぐっ……2倍かはわからないがさっきよりダメージがきつい。やってくれたな)
通常の人体は前側よりも背中側の筋肉が強く、ダメージは与えにくいはずなのだが実際はそうでもないように感じてしまう。不意打ちのせいでそう思うのか、実際にダメージが2倍になっているかはわからない。
それでも念願の1対1だ。仁は振り返ってスライムの姿を捉えると、攻撃を浴びない距離まで離れた。
先ほど倒したスライムと同じように、向かってくる攻撃を避けて反撃しようと考えたのだ。ついでにバックアタックを受けたことで、試したいこともできた。
スライムは攻撃が効いたのに気を良くしたのか、最初よりも勢い良く向かってくる。仁は冷静にスライムの速度を観察し、そしてスライムの攻撃を少ない動きでかわした。
(今だ!)
目標が居なくなり、体当たりそのままの勢いで飛んでいくスライムに向かって拳を繰り出す。
スライムは仁のパンチをまともに受け、吹き飛んだ。大きく吹き飛ばされたスライムはそのまま起き上がることなく地面に溶けて消えた。
「“カウンター”も存在するのか。このあたりのシステムがあるのは感謝だな」
EWOの近距離戦闘システムの一つに“カウンター”がある。
敵が自分に向かって攻撃をしたときにそれを回避し、かつ敵の攻撃モーションが終了する前に自分の攻撃が命中した場合、ダメージが確定でクリティカルになるというものだ。
クリティカル時のダメージは通常の3倍。吹き飛ばし能力も3倍になる。
こうしてスライムの群れに勝利した仁。戦闘態勢を解き、一息つくと頭の中に声が響く。
——レベルが2に上がりました。
(やはりレベルが上がったな……体も少しだけ軽くなった気がする。これがレベルアップか。天の声は気になるけどまあよしとしよう)
トントンと飛び跳ねると、スライムとの戦闘前よりも少しだけ体が良く動く気がする。
身体の感覚を確かめていると、不意に大切なことを思い出した。
(あ、ドロップアイテム!!)
コレクターである仁にとって最重要と言っても過言ではない、アイテム回収を行っていなかったのだ。
森のスライムは何もドロップしなかったはずだが、今回のスライムたちはどうだろうか。
(というか、EWOと同じなら何もドロップしないのはあり得ない。EWOでは必ず通貨をドロップするはずだ。今回のスライムも、森で会ったスライムも落としていなかった。どうしてこんな重要なことに気がつかなかったんだ……)
落胆しながらも、スライムが倒れたところを探ってみるとスライムの核しか落ちていなかった。拾い上げてみると、思っていたよりも重かった。
(これはドロップアイテム……なのか? 単に魔物の死骸のはずだが……こんなのが残っているのもゲームとの違いなのか。もしEWOだけじゃなく、ほとんどのゲームで魔物の死骸が残りっぱなしだったら、狩場の周りは山となった死骸で大惨事だろうな)
なんて思いながらも、EWOではありえないドロップ品に心が躍る。
仁はスライムの核4個全てを拾い上げ、ポーチに突っ込んだ。そして手を戻すついでに、下級回復薬を1つ取り出した。
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下級回復薬 【消費アイテム】
HPを少量回復する。
旅のお供にこれ一本!
ちょっとのケガならすぐ元通り!
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下級回復薬はその名前の通り、使用するとHPを少し回復する。
少しとはいえ回復量はプチヒールよりも高く、
(EWOの回復薬使用モーションは飲む、だよな。こんな色の液体を飲むのか……味がまずくありませんように)
下級回復薬の色は薄い青色をしている。一般的な日本人の仁にとっては実に食欲を減衰させられる色だ。
とはいえ背に腹は代えられないと、回復薬のビンの蓋を開けて一気に飲み干す。とても野性的な味がしたが、スライムに攻撃された腹や背の痛みはすぐに消えた。
(プチヒールの時も思ったが、日本ではありえないくらいの即効性だ。魔法様々ってやつだな)
仁は体力が十分に回復できたことを実感し、また集落を目指して歩き出した。
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