2 目覚め
何かがおかしい。
仁は寝ぼける頭でそう思った。
瞼越しに感じる光が妙に強いのだ。普段はEWOの操作の邪魔にならないよう、部屋のカーテンは全て閉め切っているはずだ。
それになんだか土と草の香りもする。
(台風が来て屋根が吹き飛ばされたのか……?)
仁が住んでいるのは、家賃の安さのみで選んだ築60年のボロアパート。そんなこともあるのかもしれないなあ、と寝ぼけながら目を開けると、雲ひとつない青空が見えた。
瞬きをいくつかすると、
「…………は?」
仁は、自分が寝ていたのは椅子ではなく、地面であることに気がついた。しかも床ではなく、土と草の生えた本当の意味での地面だ。
飛び起きてあたりを見回してみると、見飽きたボロボロの土壁は何ひとつなく、代わりに木、木、木。
……森の中に放置されているということに気がつくまで、そしてその現実を受け入れるまでしばらくの時間が必要だった。
「状況を整理しよう」
仁は冷静になるためにあえて声を出し、その場をぐるぐる歩く。
「俺はEWOで“ジョブマスターズ”になった後、椅子で仮眠をとった。そこからトイレを含めて、起きてはいないはずだ」
少なくとも記憶ではそうだ。
「俺がひどい夢遊病患者であったとしても、こんな森の中に来るなんてあり得ないし、そもそも歩ける距離に森があるわけがない」
仁のアパートはボロいものの、都市郊外の住宅街の中にある。目の前に広がる、森と呼べるほどの場所は地図アプリでも見たことがない。
そして地面を歩き回っている時に気が付いたのだが、
「俺はこんな靴や靴下、ズボンは持っていない。明らかに俺の趣味でもない」
言いながら少しずつ冷静になってくる。
「考えられる可能性は、拉致からの放置だが、そこまで恨まれたりはしていないはず。服を変える意味もわからないし、そこまでするなら殺すだろう」
それ以外に考えられる可能性は、
「あとはなんだ、ここがまだ夢の中だってことか? 仮眠明けとはいえほぼ三徹のあとなのに体も軽いしな……それが一番あり得るか……その割には日差しとか匂いがリアルなんだよな……」
と、仁は今ここにいること自体が夢であることを無理やり結論づけたところで、
——ガサガサ!
背後の木の影から何かが近づいてくる音がする。その音で仁の思考に冷や水が浴びせられる。
(ここが森なら、野犬やらが出てもおかしくないってどうして気付かなかった!)
決して音は大きくはないが、迷いなくこちらに近づいてくる。目覚めた場所にじっとしているなら隠れているべきだった……。
頭ではわかっていても、命の危機を感じたのか、足は動いてくれない。
腹を決めるしか、ない。
(冷静になれ……音の大きさと数的に、小さいリスとかだ。きっとそうだ。)
そう思い、慣れないファイティングポーズをとってみる。
——どう考えても冷静ではない。リス相手にファイティングポーズなんて取る必要はないのだから。
音は更に近づいてきていて、ついにその姿を表す。
草のように緑色の半透明な滴型のボディ。中心に浮かぶ細胞核のような球体。ぷるぷると飛び跳ねるその姿はまさしく、
(す、スライム……?)
RPGにおける雑魚モンスターの代名詞にして、おそらくドラゴン並みに知名度もある生物がぽよぽよと近づいてくる。
地球上ではあり得ない生物を目の当たりにし、危機感も忘れて疑問が湧いてくる。
なぜ自分の目の前に
疑問が、思考と行動という形になってEWO廃人の仁を突き動かす。
(スライムの耐久力と攻撃力は決して高くない、でもレベル1の
仁はとっさに距離をとった。木陰の石に足を取られて転びそうになりながら、ではあるが。
(この石を投げれば少しはダメージが入るんじゃないか?)
閃きを得た仁は早速行動に移す。物を投げるだなんていつ以来だろう、なんてことを思った。
体が覚えているままに、仁は石をスライムに投げつけた。幸いにも当たってくれた。
スライムは石が当たるとぶるっと震え、仁を敵と認識したのか最初よりも速い速度で向かってきた。
それでも仁は冷静に、スライムを中心に円を描くように走り回る。走りつつも近くにある石を拾っては投げ、拾っては投げを繰り返す。
仁にとってはとてつもなく長い時間に感じたが、何度目かの石が当たった瞬間、スライムは強くぶるぶるっと震えたかと思うと核を残して地面に溶けるように消えてしまった。
(倒されて消滅する動作までEWOと一緒なのか……)
佐藤仁、初めての戦闘はあまりに泥臭い勝利で終わった。
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