第33話 ある日の昼食

 陸上部へ仮入部した翌日の昼、俺たちはいつもの面子で昼食を食べていた。


「昨日は私も弓道部行っていたせいで夕食の時間が合わずお話できませんでしたが、海人さんも陸上部へ仮入部されたんですよね? どうでしたか?」


「そうだなぁ、まだ初日だから何とも言えないけど、先輩達はいい人たちっぽいし、同級生も気のいい奴が多そうで良かったよ」


 そう答えると、隣に座っている真司がニヤリと笑った。


「えー、なんか昨日寮に戻ってから自慢げに話してた内容と、違う気がすんだけど」


「ちょっ、真司。それは言うなって」


 慌てて真司の言葉を止めようとするが、話を聞いた詩音がコテンと首を傾げながら聞いてくる。


「自慢げに、ですか?」


「まぁ海人君は昨日入部したてなのに、ちょっと話題になってたからね。少し天狗になるのも分かるかなぁ」


 由香里にそう言ってフォローされるが、逆にそれが恥ずかしい。


 一応、小学校からずっと運動会などではリレーの選手に選ばれて来たが、この高校ほど本格的な設備で練習している生徒たちと比べて足が速い自信は無くて、場違いに思われてるのではと不安だったが……。


「なんせ、あの新海先輩の入部時の記録より速かったんだろ? 確か11秒03だったか?」


「真司、お願いだから黙っててくれ」


 思わず頭を抱えながら、懇願する。


 ――昨日の俺は、緊張と安堵が混じったせいで妙なテンションになっていて、寮に戻ってから真司に散々自慢してしまった


「11秒前半……しかも殆ど10秒台ですか。私は短距離が苦手なので、尊敬します」


 そう詩音に言われたので、慌てて手を横に振って否定する。


「いやいや、詩音さんに尊敬されるような話では全然ないよ。偶然昨日はタイムが良かっただけだろうし」


「そんなに謙遜するなって、もし海人が地区大会なりに出たら応援には行ってやるから」


 そんな話をしつつ食堂の一角で盛り上がっていると、突然背後から声をかけられた。


「おっ、そこに居るのは岩崎じゃん。昨日はお前凄かったな」


 そんな気安い……だけどあまり聞き覚えのない声に名前を呼ばれ振り返ると――そこには昨日一緒に走った角刈り頭の田原と、その友人と思われる集団がいた。


「あっ、田原。いや、昨日のは偶然調子が良かっただけだよ」


 そう言って頬をかいていると、田原の友人達が田原に質問していた。


「田原、知り合いみたいだけど誰? 同じクラスじゃないよな?」


「ああ、岩崎とは陸上部で昨日一緒になったんだけどさ。聞いて驚け、昨日測ったタイムがアノ新海先輩が1年の時より速かったんだぜ?」


「マジか、すげぇじゃん」


 そんな会話を目の前でされて、更に気恥ずかしくなって来る。


――この話が新海先輩の耳に入ったら、気を悪くしないだろうか?


 ふとそんなことを考えながら、田原と軽く話をしていると、何処かで見た覚えの有る男女が近くを通り過ぎていく。


「……たまたま昨日いいタイム出たからって調子乗りすぎじゃない? アイツ」


「本当にね、これだから外部入学組は……」


 小声だったが、確かにそんな会話が聞こえてきて、それまで話をしていた俺たちだけでなく、他の皆も思わず押し黙る。


――アイツら、確か前にカフェテラスで由香里へイチャもんつけてた奴らだよな?


 一瞬通りすぎただけだったが、鮮明に記憶へ刻まれている連中の背中を睨みつけていると、田原が首元を揉みながら苦笑していた。


「まぁなんだ、新海先輩とかはファンが多いし、あんま気にしない方がいいぜ?」


「……あぁ、サンキュな田原」


 田原がそう言って励ましてくれたので感謝してると、その友人達も「内部組と、外部組を区別してんのとか、マジでアホくさいよな」と弁護してくれるあたり外部組に思う所があるのは、一部の生徒だけなんだろう。


「まぁ、何にせよ俺らが騒ぎ過ぎたせいかもしれないから悪かったな。今日も部活来るんだろ? また一緒に走ろうぜ」


「いや、こっちこそ気分悪くさせてゴメン。また部活で」


 そう言って立ち去っていく田原達に軽く手を振っていると、斜め前に座っている由香里が俯いているのが見えた。


「……その、大丈夫か? 由香里」


「うん、別に全然大した事ないよ」


 顔を上げた由香里は普段通りの笑顔でそう返事をしたが、俺にはどうにもその顔が少し無理をしているように感じられた。

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