第32話 陸上部としての第一歩

「皆、待たせてごめん。それじゃあ僕たちも移動しようか」


 マネージャーや希望競技が無い生徒を除いて、列に並んでいた生徒の対応が終わった新海部長がそう言うと、グラウンドの中央へと移動を始める。


 一方で部長の横に立っていた女の先輩は、残った20名程の生徒――由香里達と何やら話を始めていた。


「彼女の事が気になる?」


 由香里の方を横目で見ながら歩いていると、新海部長からそう声をかけられ、思わず目を見開く。


「えっ? あー……由香里とは幼馴染です」


「あっ、そうなんだ。パッと見凄く中良さそうだったからてっきり付き合ってるのかと思ったよ。気を悪くさせたかな?」


「いえ、別に……気にしないでください」


 まだ殆ど面識も無い上級生から頭をかきながら謝られて、思わず恐縮する。


「ははは、そんなにかしこまらなくても良いよ……っと、この辺りで良いかな」


 そう新海部長が言うと、ストレッチや走り込みをしていた先輩やコーチたちが集まってくる。


「取り敢えず今日は、男女分かれてウォーミングアップをやって貰った後に、タイムを測ろうと考えてるけど、何か質問とかあるかな?」


 そう尋ねられて周りの男女合わせた新入生――11人を見回してみると、1人が手を上げた。


「今回のタイムが悪かったら、他の種目に転向させられるとかは有るんですか?」


「いいや、別にタイムの良し悪しで部として他の種目を強制する様な事は無いけど、他の種目を試しにやってみるのを勧める事はあると思うよ」


 それを受けて、また別の生徒が質問をする。


「因みに、入学時の新海部長のタイムって何秒ですか?」


「んー、確か僕が入部した時の100mのタイムは11秒05位だったよ」


 部長がそう言うと、周りからざわめきが上がる。


 俺は陸上部に所属した事が無いためその凄さが正確には分からないが、周りの反応を見るに相当速いんだろう。


「まっ、僕の話はともかく皆でストレッチする為に、少し広がろうか」


 そう指示を受けてストレッチを入念に行った後、男女分かれてレーンの前に並び、早速タイムの計測に向けた準備を開始した。


「他の学校から来た人も居るから説明するけど、ウチの部ではタイム計測に合わせて録画もしてるから、新入生達は今後カメラの操作方覚えてね。ただ、今日の所はマネージャーが全部やってくれるけど」


 俺たち新入生に対し部長がそう言うと、マネージャーと思われる女の先輩がカメラの前で一礼したので、「ありがとうございます!」と感謝しながら頭を下げる。


「それじゃ、早速タイムの計測をしようと思うけど、新入生の男子が6人居るから……3回に分けて計測しようか。準備できた人からスタブロ――スターティングブロックの前に立ってくれる?」


 そう言われて、即座に2人の新入生がクラウチングスタートを行う際に使う、地面に設置された器具の前に立ち、角度の調整などを始める。


「部長、自分スターティングブロックを殆ど使用した事が無いんですが、どうやって使うのか教えてもらっても良いですか?」


 俺が少し小声になりながらそう尋ねると、新海部長が快く頷いてくれた。


「細かい角度とかは個人の好みになるけど、大体前足を置く方のブロックは45度、後ろ足のブロックはそれより少し傾斜をつけて調整する感じだね。後、前のブロックはスタートラインから足の大きさの1.5個分の距離を置いて、そこから更に1.5個分の所に後ろのブロックを設置すれば問題ないよ」


 丁寧な口調で新海部長から説明を受けている間に、既に第一グループの2人が準備を整えていた。


「それじゃあ、斎藤君よろしく」


 新海部長がマネージャーの女生徒――斎藤先輩に声をかけると、スターターピストルを上に構えた。


「On your marks……Set」


 掛け声に合わせて2人がクラウチングスタートの姿勢をとり……破裂音がすると共に駆け出した。


 わずか100mの短い距離――されど、その一瞬の間に全身全霊を振り絞り、風を切って駆け抜ける姿は、原始的な格好良さがある。


「うん、今年の一年生は良いね」


 そう呟いた新海部長の手の中のタイマーを覗き見ると、タイムは11秒67。


 先程新海部長が言っていた記録と比べると劣ってはいた物の、間近で見ていた側からすると十分に速いと思えるスピードだった。


 続く第2グループは、第1グループと比べるとやや遅かったが、それでも中学の短距離走を基準に考えれば、全員ずば抜けて足が速い。


 ……そんな彼らを見て、思わず緊張しながらスタブロの前に移動し、慣れない調整をしていると、隣のレーンの生徒から声をかけられた。


「初めまして、よろしくな」


「あっ……ああ、よろしく」


 声をかけられると思っていなかった為、若干戸惑いながらも返事をすると、不思議と少し緊張していた体が和らぐのを感じた。


――そうだ、彼らは今日から一緒に練習する仲間なんだ……


「On your marks……Set」


 斎藤先輩のその声に合わせ、クラウチングスタートの姿勢を取り……破裂音が聞こえると同時、俺は陸上部員としての一歩を踏み出した。

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