第30話 ある日の掃除当番

 由香里と話し合いをした翌日の放課後、俺たち4人は当番として割り当てられた教室で、掃除を行っていた。


「しっかし、南雲さんまで海人と同じく陸上部への入部希望だなんてな」


「私の場合、海人君と違ってマネージャーとしてだけどね」


 真司が意外そうに話を振ると、由香里が箒を動かしながら照れた様に応えた。


――結局俺は、由香里の了承を得た上で詩音と真司にも、由香里が何を悩んでいたのか話をした


 何だかんだで2人とも気にしていた様だったし、由香里から話を聞けたのは、本当に良かったと思う。


 そう言う意味では、由香里に直接話に行く様に言ってくれた爺さんには改めて感謝だ。


「でも、お二人が陸上部に入られてしまうと、一緒に放課後過ごす時間が減ってしまいますね……」


 少し寂しそうに詩音がそう言ったので、思わず掃除していた手が止まる。


 確かに、来週からは体験入部が始まって、ここ2週間程とは違い中々放課後集まることは出来なくなるだろう。


 もしかすると、食事の時間だってバラバラになる事が増えるかもしれない。


 正直その事自体には寂しさも感じるが……だが、それぞれがやりたいと思うことをする為にはしょうがないと割り切るしかない。


「そうだね、詩音さんも弓道部に入るんだよね?」


「はい、一応その心づもりです」


 コクリと詩音が頷くのを見て、そう言えばと真司のほうを見る。


「真司は何か部活とか入らないのか?」

 

「俺? 俺はパスパス。部活をやってる奴を否定するつもりはないけど、俺はやりたい部活とか無いしな」


 苦笑しながら真司はそう言うが、俺には勿体無いように思えてならない。


 まだ数回しか一緒に体育をやっていないが、真司の身体能力の高さは理解していたから。


 だが、強制する話でも無いだろう、そう思い直してそれ以上言うのはやめた。


「よし、後はゴミ捨てだけだね。私は先生に報告してくるから、海人君と詩音さんはゴミ捨てお願いできるかな?」


 教室内を見て回った由香里が満足げにそう言うと、腰に手を当てながらそう指示してきた。


「了解。真司は一応皆の荷物見といてくれ」


「あいよー、ゴミ捨て頼んだー」


 ヒラヒラと手を振る真司に見送られ、俺と詩音は校舎裏にあるゴミ捨て場へと向かう。


「詩音さんはもう、弓道部への入部届は出したの?」


 気持ちゆっくりめに、詩音さんの歩幅に合わせて階段を下りながらそう問いかけると、少し恥ずかしそうに頷き返される。


「はい、実は授業が始まった日には私の所に部長と顧問の先生が来られたので」


「まぁ、部長や顧問の先生からしたら、詩音のことを万一にも手放したく無いだろうしね」


 思わず少し笑いながら言うと、耳まで赤くしながらうつむかれてしまった。


――そう言えば、以前もこの手の話題については恥ずかしそうにしてたな……


 他に何か話題は無いか、そう考えていた所で、クラスメイト達が今朝話していた内容を思い出す。


「あー……話変わるけど、なんか今月末生徒会がイベントを企画してるらしいね?」


 下駄箱まで移動し、外履きに履き替えた所でそう話を振ると、詩音が苦笑した。


「そう……ですね。私もそんな話を伺いました」


「あれ? なんか詩音乗り気じゃなさそうだね?」


 少し言い淀んだ詩音にそう問いかけると、「別に嫌という訳では無いのですが……」と言った後に、少し複雑そうな顔で言葉を続ける。


「渚さんが、一体どんな事をするのか心配で……」


 詩音がそう言ったので、以前会った生徒会長――神楽坂先輩の事を思い出す。


 確かに生徒会長のあの性格を思えば、何かやらかすのでは無いか? と言う気はしなくは無い。


「確かにそんなイメージはあるけど……生徒からの人気は高いんだよね?」


「はい、きちんとするべき所ではちゃんとされますし、何よりあの様に気さくな方ですから男女共に人気は高いですね」


「成る程ね……確かにちょっとしか話してないけど、そんなイメージだね」


 そう言いながらゴミ捨て場の所定の位置へ燃えるゴミ、燃えないゴミのそれぞれを置くと、近くにある水道で手を洗う。


 冷水しか出ないが、幸い今日は夕方になっても暖かいから苦では無かった。


「そういえば、生徒会長とはいつ頃知り合いになったの?」


「知り合ったのは……正直覚えてません。渚さんとは親戚同士なので、物心ついた時には一緒に居ました」


「あ、そうだったんだ。子供の頃からの付き合いって言うのは聞いてたけど、親戚だったのは知らなかった……子供の頃は、付き合うの結構大変だったんじゃない?」


 かなり人に対してグイグイくるタイプの神楽坂先輩と、素っ気ないと言うわけじゃ無いけど、適度に人と距離を置くタイプの詩音。


 正直、親戚とは思えないほど性格は真逆に近い。


「少し大変でした……と言うか、今も大変と言うが正解でしょうか」


 そんな風に言葉では言っていたが、詩音の口元はまるで嫌そうではなく、むしろ楽しげだ。


「具体的にどんな事があったのか、聞いても良いかな?」


 そう尋ねると、詩音が洗った手を丁寧にハンカチで拭きながら、少し考える素振りをした。


「そうですね、では小学校の頃の話を一つお話ししますね……」


 そんな風に、声を弾ませながら幼少期の話をする詩音を横に見ながら、俺たちは教室への道をゆっくりと歩いて行った。

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