第28話 由香里と空き教室
メッセージを送った日の翌朝のこと。
由香里から送られてきたメッセージの意味を、朝食の時に聞こうといつもの時間に食堂で待っていたら、朝食のトレイを持って現れたのは詩音だけだった。
「おはよう、詩音さん。由香里は?」
そう問いかけると、詩音が困った様な顔をする。
「由香里さんは……どうやら昨日殆ど寝れなかったらしくて、ギリギリまで部屋にいるとの事でした」
その答えに思わず俺が眼を見開いていると、隣の真司が驚いたような顔をした。
「へぇ、南雲さんも夜更かしして体調崩す事あるんだな。なんか勝手に生活習慣とかちゃんとしてるイメージだったわ」
「いや、真司のそのイメージは正しいよ。少なくとも俺は、そんな由香里見たこと無いし……」
施設に居た時の由香里は誰よりも早くに起きて母さんの手伝いをしていたし、遅くまで弟たちの面倒を見ていた時も体調を崩した事は殆どなかった。
「今日学校へ行けそうもないなら、先生達に俺から連絡するけど?」
「それが、私もそう言ったのですが、由香里さんはただの寝不足の一点張りでして……もし朝食を食べ終わっても、由香里さんの体調が優れなさそうなら海斗さんに連絡しますね」
そう詩音に言われた俺達は何時もより早めに食事を切り上げ、一旦寮の自室に戻り授業の準備をしていると、詩音からメッセージが来た。
内容は、由香里の体調は大丈夫そうだが、何時もより遅くなるから先に行っておいて欲しいという内容だったため、俺と真司は2人を置いて学校へ行くことにした。
◇
結局由香里達は始業開始ギリギリに来たが、思ったよりも由香里の顔色が悪く無さそうなのを見て思わず安心する。
しかし体調の優れない由香里に無理に話を聞きだすのも酷だと思い、放課後の予定を別日にずらそうか? と問いかけた所、これまで見た事無いほど焦った表情で首を横にブンブンと振って否定された。
だが、その話をした後の由香里も普段とは全然違っていて、詩音や真司は勿論の事、普段は俺と余り会話しないクラスの女子にまで、由香里に何かあったのかと聞かれる始末。
「一体、由香里の奴はどうしたんだか……」
そう呟きながら、既に放課後となり夕焼けに照らされた廊下をゆっくりと歩く。
既に廊下には人はまばらとなっており、聞こえてくるのはグラウンドで走ってる運動部の先輩位のものだ。
本来なら放課後すぐに由香里と話をしようと思っていたのだが、自分が日直だった事をすっかり忘れていたため、先に空き教室で待たせることになってしまっていた。
まぁ、事前に連絡もしていたからそれ程怒ってないだろう……そう思いながら空き教室の扉を開けると、窓から入り込む夕焼けに照らされた由香里が、どこか落ち着きのない様子で椅子に座って待っていた。
「お疲れ様、海人君」
そう言った由香里の声は何処か儚げで、放っておいたらこのまま消えてしまうんじゃないかと錯覚する。
「あー、待たせて本当にごめん!」
何となくそんな由香里を見ていられなくて、思わず頭を下げるて謝るとクスリと笑われた。
「別に良いよ……それより、話があってここに呼んだんでしょ? 私も、聞く覚悟はできてるから」
そう言われて俺は……何か、由香里が致命的な勘違いをしているんじゃないかと思い至る。
「あー……念のため言っておくと、今日ここに由香里を呼び出したのは、聞きたいことがあったからなんだ」
「海人君が私に、聞きたいこと?」
それまでの張り詰めた顔から、面食らってキョトンとした顔になった由香里に、やはり勘違いさせたのだと気づく。
「あぁ、悪い事だとは思ったんだが……」
先にそう言って断りを入れながら、由香里が爺さんに相談しているのを見た事や、爺さんに相談内容を確認させてもらった事などを洗いざらい由香里へと話する。
「……って言うことで、由香里が何に思い悩んでいるのか聞きたいと思ったんだ」
俺の話を聞くにつれ、由香里がジト目になっていき……最後には、大きな溜息をつかれる。
「全く、ひとけの無い教室に呼び出すから、てっきり別の話をされるのかと思ったよ」
「えーと……ごめん」
話をしている内に、だんだんと由香里がどんな想像をしたのかが何となく分かってきて、ただただ謝罪する。
俺の自意識過剰でなければ、由香里は俺から告白やそれに類する何かをされると思ったんじゃないか……そう、想像することは出来た。
――最近、放課後に呼び出して告白する人間増えてるらしいしな……
「それで、私が思い悩んでた理由だっけ? まぁ、今日呼び出された事に比べれば大した事ないんだけど……」
「いや、本当にごめん」
「ウソウソ、ちょっとイジワル言っちゃった。……ただ、今後は気をつけてよね?」
そう念を押されて俺は、改めて頭を下げると由香里がギュッとスカートの端を握るのが見えた。
「えっと……私が最近悩んでたのは、改めて自分のやりたい事ってなんだろなぁって思ったからなの」
先程までとはまた少し違う、少し困った様な顔で由香里は話をし始めた。
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