第22話 海人と由香里のかつての話
「真司や詩音さんには話してあるんですが、俺と由香里って幼いころある施設に預けられたんですよ」
軽い調子でそう言うと、会長以外の同じテーブルの先輩方が反応に困った様な顔をした。
幼いころに預けられる施設とは何なのか、聞きたそうな顔をしていたが、あえて表現をぼかしながら、無視して話を進める。
「確か初めて会ったのが6歳の時だったかな。俺がその施設に入って1年が過ぎた時に、一人の少女がやって来たんです」
俺が施設に預けられて――両親を交通事故で無くして1年が経ち、何とか母さんの助力もあって人とまともに交流をとれるようになった時、由香里が施設にやって来た。
「当時の由香里は今とは少し違って、周りより暗めの子だったんですが……何て言うんでしょう、それが多分当時の俺は放っておけなかったんだと思います」
初めて由香里を見た時……母さんに手を引かれてやって来た少女は、ずっと下を向いておびえている様な子だった。
彼女が施設に預けられる前の事を思えば当然だろうが、当時の俺にはその姿が1年前の自分にとても似ている気がして、放っておけなくなった。
「積極的に話しかけたり、遊びに誘ってみたりもしたんですが、当時は中々受け入れてもらえなくって困りました」
そう言って苦笑しながら横の由香里を見ると、かつての自分を思い出したのか頬を軽く染めながら、照れ隠しで髪をいじっている。
「まぁそれでも根気強く話している内に、段々心を開いてくれるようになったんですよ」
「あの時の海人君は今にして思えば、凄くしつこかったよね」
クスリと笑いながら由香里にそう言われ、思わず頬をかく。
「まぁ、否定はしないよ。本当にまとわりつく様にずっと一緒にいたからな」
今なら出来ない、子供の時ならではの無邪気さで俺は、由香里とグイグイ距離を詰めに行った。
飯食う時も、昼寝の時も、遊びの時も、トイレの時……はやんわり母さんに止められたけど。
24時間の内、20時間以上は常に一緒に居たと思う。
「ザックリ言うと、そんなわけで俺と由香里は仲良くなったんです」
そう言って説明すると、会長が手を上げたので質問を促す。
「海人君と由香里ちゃんが仲良くなった理由は分かったんだけど、そんなにずっと一緒に居て茶化されたりしなかったの?」
「あー……まぁ、そう言う事も有りましたね。なんせ由香里モテましたから」
そう言って笑うと、由香里が脇腹をつねりつつ睨んできた。
……いや、でも事実だろうよ。
「成程ぉ、でも未だに一緒に居るって事は、何かそれを跳ね返す様なエピソードとかあったの?」
「まぁ……そうですね」
「おっ、本当に? その話、私聞きたいなー。しーちゃんも聞きたいよね?」
そう言って会長に話を振られた詩音が、ケホケホとむせた。
「そう言うプライベートな話を聞くのは良くないと思いますよ、渚さん」
詩音はそう言いながらも、俺や由香里の方をチラチラ見てきて、少し興味ありげな様子だ。
「あー、じゃあ話してもいいか? 由香里」
そう言うと、由香里がため息を吐きながら頷いた。
「あれは確か小3になった時の話ですが、当時の俺達を見て好きあってんだろみたいに言う連中が現れ始めまして」
そう言うと、うんうんと言いながら、会長や同じテーブルに居る他の女性陣が身を乗り出してくる。
「俺はあんまり気にしてなかったんですが、代わりに恥ずかしがる由香里をはやし立てる男どもが居て、ずっと俺達の事をバカにしてきたんですよね」
苦笑いしながらそう言うが、本当は一緒に居るってだけじゃなく、どちらも養護施設に居た事がバレてその事も色々言われていた。
ただ、今にして思えば彼らは皆、由香里の関心を引きたかったのだろう。
身内びいきと言っては何だが、由香里は学年でも飛びぬけて可愛かったから。
「それで俺が日直当番で一緒に帰れなかったある日の事、俺が帰宅しても由香里が帰って居なかったので皆で探しに行ったんですよ」
その時の母さんの慌てようは、かなりの物だった。
何か事件に巻き込まれたんじゃないか、どこかで助けを求めてるんじゃないか……って。
そうして当時施設に居た兄や姉と一緒に必死になって由香里を探しに行って、その原因が分かった。
「学校近くを捜索してたら、普段大声を出す様な子供じゃなかった由香里が、大声で叫ぶ声が突然聞こえて来たんです。まぁ、なんて言ってたんだかは聞き取れなかったんですが、俺達の関係をちゃかしていた同級生達5人位と、言い合いしてたみたいです」
そう言って苦笑するが……本当は、今でも鮮明に覚えている。
――海人君は、誰よりもカッコいい男の子だもん
何でそんな事を由香里が叫んだのか、直接聞いたことはない。
ただ、声を頼りに公園にたどり着いた時、由香里が俺に気づいて近寄ってくると、同級生達から凄い目で睨まれたのを覚えている。
「それでそれで? 恋のライバル達を見つけた当時の海人君はどうしたの?」
「いや、恋のライバルって……」
そう言いながら、少しこの先を言うのはためらわれた。
なんせ、俺が滅茶苦茶恥ずかしい話だから。
「あー、その時彼らに俺は、何でお前は由香里と一緒に居るんだって聞かれたので……」
一度話を切りながら深く深呼吸すると、自分の頬が熱くなるのを自覚しながら答えた。
「俺のとても大切な人なんだ……って答えました」
そう言うと、先輩方から黄色い悲鳴が上がり、真司や男性の先輩方からは口笛でもてはやされた。
ちなみに会長は、由香里とじゃれ合い始めている。
……我ながら恥ずかしい奴だったな、そう思いながら頭を掻いてると、騒ぎ立てる周りとは違い、詩音が黙って手に持ったお茶を眺めているのが、妙に記憶に残った。
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