第23話 詩音の悩みごと
「詩音ちゃん、それじゃあ私は行って来るね」
「はい、行ってらっしゃい由香里さん」
どこか楽し気に部屋を出て行く由香里さんを見送ると、部屋――寮の自室には私一人になった。
入学して初めての休日に当たる今日、由香里さんと海人さんはお二人がお世話になった施設やおじい様の所にご報告に伺うと言って外出されていきました。
――海人さんと二人で……
その事を考えると、自然と昨日海人さんがおっしゃっていた話が思い出されます。
元々お二人が幼馴染なのは理解していましたが、あのような経緯があった事を私は知りませんでしたし……その話を聞いていた時の由香里さんの顔を見た時、私は胸の中で1つ大きな引っ掛かりを感じました。
「あっ、そろそろ時間ですね」
壁に掛けてある時計をふと見上げてみれば時間は既に9時30分。
昨日の歓迎会が終わった後にすぐに連絡し、相談を取り付けた時間まで後30分を切っていた。
手早く照明やコンセント周りを確認して部屋を出ようとした所で、机の上のガラスケースに飾ってあった桜色の髪留めがキラリと光った。
……それは、出会って1ヶ月経った時に海人さんから頂いた、初めて家族以外の殿方から頂いた贈り物。
ただ、それを今付けて行くのは何処か気が引けて、部屋の扉をそっと閉めた。
寮の外へ出ると、既に外は少し暖かくなってきていて、数か月前までの肌寒かった時期が嘘の様に気持ちのいい天気……でしたが、そんな突き抜ける様な空の青さを見ても気持ちは晴れる事無く、ゆっくりと目的地までの道のりを歩いて行く。
20分程歩いた頃でしょうか、目的の場所――お店が見えて来ると共に、1人の女性がお店の前で掃き掃除をしているのが見えて来た。
「あっ、詩音ちゃん。ちょっと待っててね、今箒を片付けてきちゃうから」
「いえ、気になさらないで下さい。咲耶さん」
私の我儘で相談に乗ってもらおうとしているのに、お仕事の邪魔をするのは忍びなかったのでそう言ったものの、咲耶さんは手早く掃除道具を片付けて、閉店中の札がかかったお店の扉を開けた。
「さっ、入って入って」
「えっと……すいません、お邪魔します」
そう言って恐縮しながらお店の中へ入ると、照明の落とされた店内の様子が見えて来る。
「適当にカウンターに座っといて、私は手を洗って来るから」
パタパタと咲耶さんが厨房の奥に消えて行くのを見送りながら、取り敢えず一番近くのカウンター席へと腰を下ろす。
サッと店内を見回して見れば、休日だと言うのに普段と変わらず店内の掃除は行き届いていて、等間隔に陳列された置物にも咲耶さんのこだわりが見て取れた。
「お待たせしてごめんね、ほうじ茶で良かった?」
そう言いながら咲耶さんが私の前に湯呑みを置くと、隣の席に腰を下ろした。
「ありがとうございます……」
まだ熱いお茶を手の温度で冷ましていると、咲耶さんが私の顔を覗き込んできた。
「それで、一体何があったのかな?」
やんわりとそう尋ねて来た咲耶さんに、私はポソリポソリと昨日海人さんから聞いた話を説明していった。
「……なるほどねー、話に出て来た由香里ちゃんって、この前一緒だった黒髪の女の子?」
「はい」
「そっかー……あの子かー。かわいい子だったよねー」
「はい」
「まっ、詩音ちゃんも全然負けてないけどね!」
そう言って咲耶さんが私の髪を撫でてくれるけど、私は思わず首を捻りそうになってしまう。
殿方の好みがどうなのかは分からないけれど、私の眼から見た由香里さんはとても魅力的だ。
艶やかな黒い髪や、私と違って女性としては高めな身長にとても憧れるし、直ぐにクラスメイトと打ち解ける明るくて分け隔て無い性格は、彼女の何よりの魅力だと思う。
そんな彼女と比べて私はどうかと言われると……。
そんな事を考えていると、ギュッと両頬を引っ張られた。
「もうっ、なーに1人で考え込んでるの?」
「さくらさん、いたいれふ」
そう主張すると、咲耶さんが手を放してくれた。
「でもまぁ、詩音ちゃんが悩むのも分かる気がするなぁ。だって、海人君と由香里ちゃんは幼馴染で、どちらも多かれ少なかれ好意を抱いているんだよね?」
「……はい」
「……岩崎のおじい様も酷いことするなぁ。それで、詩音ちゃんは昨日メッセージで送って来たみたいに、婚約解消した方が良いのかなって思ったんだよね?」
咲耶さんに改めて言われて、胸がドキリとする。
昨日、海人さんの話を聞いた私は、自分が二人の間に居る異物の様に思えて、その事を咲耶さんにメッセージで送り……今日相談に乗ってもらう事になったのです。
「……はい」
「んー、そっか。まぁ詩音ちゃんの気持ちは分からないでも無いけど……でも、一番大事なのは詩音ちゃんの気持ちだと思うよ?」
「私の、気持ちですか?」
「そっ、詩音ちゃんの気持ち。もし詩音ちゃんが海人君の事を好きなら、身を引くことなんて考える必要ないと思うよ?」
そう咲耶さんに言われて、思わず自問自答してみる。
海人さんが好きか嫌いか……そう言われたら好き……だけど、1人の男性として好きかと言われると正直分からないとしか答えられない。
いつも気を使って下さる所も、楽し気に話をされる姿も、私に向けてくれる笑顔も素敵だと思うけれど、由香里さんの抱いている好きとは比べられないような気がする。
そうして再び自分の意識の渦に入っていると、パンっと咲耶さんが手を叩いた。
「うん、答えが出ないなら1つ提案があるよ」
そう言って咲耶さんが出した提案を聞いた私は、一歩自分の殻から外へ出てみるとこに決めた。
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