第21話 詩音と会長と由香里

 食事を各自取りに行き、それぞれのテーブルでの自己紹介を軽く終えた頃、挨拶を終えた会長が戻ってくる。


「いやぁ、やっぱり人前で話すのは何回やっても慣れないねぇ」


 グーっと手を伸ばして戻ってきた会長に、皆でねぎらいの言葉をかけると、会長が詩音に抱き着いた。


「しーちゃん、疲れたー」


「分かりましたから、離れてください渚さん」


 座っている詩音に後ろからガッツリ抱き着く会長と、顔を赤くしながらなんとか引きはがそうとする詩音を見ていると、会長がこちらを見てニヤッと笑った。


「ふっふっふー、羨ましいでしょう海人君?」


 勝ち誇った顔でそう言われて俺は、思わず頷きそうになるのを止めた。


「いや、そんな事無いですよ」


「えー、本当にー?」


 そう言いながら先輩が顔を近づけてくると、柑橘系のさわやかな匂いが鼻孔をくすぐる……というか、顔近いって!


「渚さん、海人さんを困らせないでください」


「おっ、嫉妬かな? しーちゃんも可愛いところ……しかないけどねー」


 詩音と会長がじゃれあってるのをボーっと見てると、何やら由香里と話していた真司が突然立ち上がった。


「どうかした? 真司」


「俺よりこの席に座るべき人がいると思ってな」


 そんな事を言いながら皿や箸を持って真司が席をズレたのを不思議に思っていると、代わりに少し不機嫌そうな由香里が横の席に着いた。


「どうかしたのか、由香里?」


 そう尋ねると、ジトっとした目を向けられる。


「海人君、神楽坂先輩と詩音ちゃんのことずっと見てたよね?」


「いやまぁ、横の席でこんな風にされてたらそりゃ見るだろ」


 そう言いながら横を見ると、いつの間にか詩音の横に居た先輩もどっかに消えて、代わりに席に着いた会長が更に詩音に絡んでいた。


「……そうかもしれないけど」


 そんな煮え切らない返事をする由香里に首を傾げていると、会長が横から話に割って入ってくる。


「あっ、君がしーちゃんの新しい友達の由香里ちゃんだね? 話は聞いてるよー」


「えーと、始めまして神楽坂先輩」


「はい、はじめましてー……ところで由香里ちゃんに一つ聞きたい事が有るんだけど」


 そう言って会長が俺の方を見た後に、詩音からいったん離れて由香里の方によって行くと何やら小声で囁きかけ――由香里が眼を見開きながら、頬を赤くした。


――周りが煩いせいで、何言ったか分からないな


 そんなことを考えていると、由香里が何やら会長に小声でまくしたてている。


「ふーん、そうなんだ……じゃあ、しーちゃんにもまだ勝ち目があるのかな?」


「先輩っ、声大きいです!」


 慌てた様子で由香里が会長の口を抑える様子を見て、いよいよ何を話しているのか分からなくなり、会長に絡まれ過ぎて少しくたびれた様子の詩音に聞いてみる。


「詩音さんと由香里って何か勝ち負けを競ってる事あるの?」


 そう尋ねると、詩音が首を傾げる。


「競ってる事ですか? 特にこれと言って何かを競う様な事はしてないですよ?」


 俺と同じように何が何やら理解していない様子の詩音を見て、いよいよ2人が話している内容が分からなくなる。


「さっきから二人して何話してるんだ?」


 ちらちらと俺の方を見ながら話しする由香里にそう問いかけると、由香里がビクッとした。


「え、えーと……」


「しーちゃんが、海人君よりも由香里ちゃんと親しくなる方法について聞いてたんだよね」


 言葉を詰まらせた由香里に対し、会長があっけんからんと答えて、隣の詩音が珍しくジトーっとした目で会長をみる。


「渚さんそんな事を聞いてたんですか?」


「えー、ダメかな? だって幼馴染の2人がどうしてこんなに仲が良いのかとか気にならない?」


「それは……気になりますけど」


 少し小声になりながら詩音が応えると、会長が我が意を得たりと言う様なしたり顔になった。


「でしょー? と言うわけで海人君、2人が仲良くなったエピソードを教えてよ!」


 そんな風に会長に突然言われて困っていると、向かいに座ってひたすら飯を食っていた真司が手を上げる。


――おっ、流石ルームメイト。友人が困っている所に助け舟を……


「あっ、それ俺も聞きたいかも」


 ……助け舟を期待したら、泥船だったようだ。


「仲良く……仲良くなぁ……」


 由香里の顔を見ながら考えてみるが、そもそも俺と由香里の仲が悪かった事が無いので困るが……。


「まぁ、強いて上げるならってエピソードが一つあるんで、それでもよければ話しますよ」


 そんな風に前置きすると、何故か周りから拍手がパチパチと上がった。

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