第18話 波乱の気配

 険悪な顔をした女生徒2人と男子生徒2人に囲まれ、戸惑った様子の由香里を見た瞬間、俺はすぐに由香里の方へと近づいた。


「……だから、何で詩音さんが注文を取りに行って、編入組のアンタが残ってるのかって聞いてんの! 本当、気がきかないわね」


 そんな女生徒のヒステリックな声が聞こえて来て、直ぐに割って入る。


「……おい、お前ら由香里に何してんだ」


 低く、唸る様な声が口から漏れると、連中は一瞬後ろに下がったが、すぐに嘲笑してくる。


「ああ、アンタもこの子と同じ編入組? それならもっと縮こまるべきじゃないの? ねぇ、皆?」


 そう女生徒が笑いかけると、その連れたちがクスクスと笑い――由香里が委縮した様に縮こまったのが見えた。


「お前ら……」


 そんな由香里の姿を見て思わず拳を握り込んだ所で、後ろから凛とした声が響いた。


「私の大切なお友達に、なにか用でしょうか?」


 テラス中に響くようなその声は、怒りに任せて怒鳴っているモノでは無かったがその実冷え切っており、隣に並んだその横顔からは静かな怒りが見て取れた。


 同時に連中はそれまで浮かべていた笑みを消して、取り繕い始める。


「し、詩音さん……これはその、違くって……」


 2歩、3歩と連中が後ろに下がったところで、別の所から声がかかる。


「おめぇら、邪魔だ」


 苛立ちを含んだ声を出しながら真司がドカッと由香里の前に座ると、連中は信じられないと言う顔で詩音の方を見た。


「編入組だけじゃなく、浅野家の出来損ないまでっ……詩音さん、交流を持つ相手は選ばないと、その品位を落とすことになりますよ」


 そんな勝手な忠告を連中がして来るが、それに対し詩音はにこやかに返答する。


「ええ、お友達は選んでますので、どうぞご心配なく」


 その答えに連中は顔をゆがめた後、それ以上何か言う事無く立ち去って行った……。


「由香里、気づくのが遅れてゴメン」


 謝りながら、まだ強張ったその肩に触れると、ぎこちなく笑い返してきた。


「ううん、別に海人達が悪い訳じゃないから……それに、こういう事は初めてでもない、でしょ?」


 そう悲し気な笑みを向けられると、昔のことを思い出して喉元を掻きむしりたくなる。


――なんで、そんなに俺達がしいたげられなきゃならない


 そんな負の感情が心から湧き出してきた所で、ポンと背中を叩かれる。


「取り敢えず、飲み物冷めちまうから飲もうぜ」


 先程とは違い、軽い調子で真司にそう言われて、俺は大きく深呼吸すると頷き返して席へついた。


「……由香里さん、ごめんなさい」


 俯いていた詩音が、深く由香里に頭を下げると、それを見た由香里が慌てて手を横に振る。


「別に詩音ちゃんが悪いこと何て……」


「いえ、あれでも一応私の知り合いでしたので……また後日抗議はしますが、本当に申し訳ありません」


 そう言って詩音が改めて謝罪すると、由香里が戸惑った顔でこちらを見て来たので、大きく手を叩く。


「取り敢えず、あんな連中の事ばかり考えててもしょうがない。どうせなら今週末の過ごし方についてでも話しよう」


 そう言って場を取りなそうとしたが、結局テラスを離れるまでの間で、俺達の沈んだ空気が完全に払拭される事はなかった。





 由香里が絡まれた日の夜、寮のベッドでスマホをいじっていた真司に問いかける。


「アイツら、また何かして来ると思うか?」


 そう尋ねると真司は体を起こし、ジッと俺の眼を見た後に頷いた。


「坂崎と一緒に居る限りは、多分な」


 何となく予想はしていたが、その回答に胃のあたりが重くなったのを感じる。


――俺一人が何か言われるのは何てことないが、今回の様に由香里が狙われた場合……今度は我慢できる自信が無い


「編入組だか在校生組だか知らないが、何でそんな事にこだわるんだよっ」


 思わず苛立ち混じりに吐き捨てると、苦笑いで返された。


「さてな、俺も中等部の編入だから色々言われてきたが……まぁ、それが連中のアイデンティティなんだろ」


「下らねぇ……」


「間違いないな」


 肩をすくめながら真司にそう言われて、大きくため息を吐きながら、腕を組んで考える。


「……俺達に出来るのは由香里と出来る限り一緒に居て、今回の事を未然に防ぐ位か?」


「だろうな。まぁ何かあったら、岩崎の爺さんに言えばそれで終わりだろうけどな。海人達の後ろ盾、あの爺さんだろ?」


 そう言われて、爺さんの顔がよぎるが……俺は、首を横に振った。


 確かに、爺さんの力を借りればすぐに何とかなるかもしれない。


 だが、何かが起こるたびに安易に爺さんの力を借りて解決するのは、良い事とは思えなかった。


――まぁ、どうしても必要な時にはそれでも借りるんだろうけどな


 そんな事を考えながら窓の外を見ると、半分に欠けた月がこちらを見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る