第17話 ひと時の休みと兆し

 すべての課題を無事達成し終わった俺達は、のんびりと高等部の校舎前に向けて並木道を移動する。


 ふと、時計を見れば今はまだ午後3時になった所で、制限時間までは十分な余裕があった。


「しっかし、先輩たちは明日が始業式なのに良くやるよな」


 思わず、しみじみと感じた事を口にする。


 今日いた生徒会を始めとした実行委員の人達は、新学期前だと言うのに自主的に協力していたのだと聞いた時には正直驚いた。


「でも、凄く先輩達いきいきしてたよね! 来年もあるなら運営する側に回りたいなって思ったかも」


 満面の笑顔で由香里が言うと、それを見た詩音が顔をほころばせた。


「多分、運営していた方たちもそう言って頂けて本望だと思いますよ」


「まー、俺も来年の新入生にわさびシュークリームを食ってもらわないと気が済まないから、オマエラがやるなら俺も参加するわ」


 味を思い出したのか苦い顔で真司がそう言うと、俺達は思わず耐えきれずに笑いだした。


 そんな緩い雰囲気の中歩いていると、次第に高等部の校舎と担任の先生たち、そして何人かの新入生が見えて来た。


「おーお前ら、もう終わったのか」


 担任の伊藤先生が俺達を見つけると、手を振りながら声をかけて来た。


「はい、かなり楽しませてもらいました」


 そう言いながら10個のハンコが押された、俺達全員分の地図を渡すと、伊藤先生が頷いた。


「よし、確認オーケーだ。それじゃあ残りの時間は寮に帰るなり、食堂に行くなり好きにしていいぞ」


 笑顔で伊藤先生にそう告げられて、俺達は思わずお互いの顔を見る。


 仮に寮に戻ったとしても、やる事といったら明日から始まる授業の予習をするか、本を読むか、駄弁るか位の選択肢しかない。


「取り合えず、寮近くにあるテラスにでも行くか」


 そう俺が提案すると、皆が頷き返したので、再びのんびりと道を歩いていると、他のクラスと思われる生徒達が談笑しているのとすれ違った。


 心なしか朝見た時よりもすれ違うどのチームも打ち解けて見えるのは、きっと勘違いでは無いと思う……そう考えると、この一見遊びにしか思えない催しにも意味は有るのだろう。


 そんな考え事をしている間に、日よけ用のパラソルが開いたオープンテラスのカフェに到着し、そこには既に何人かの生徒達が座っているのが見えた。


「あっ、あそこの4人席が丁度空いているみたいなので、座りましょうか?」


 そう言って詩音が1つのテーブルを指さしたので席に着くと、取り敢えずメニュー表を広げてみる。


 パスタやピザ、スイーツ系のページが有ったが、腹は減っていなかったのでそれらのページを飛ばすと、ドリンクメニューを確認していく。


「俺はアイスカフェオレにしようかな」


「あー……じゃあ、俺も海人と同じにするわ」


 俺と真司がサクッとそう決めると、詩音が少し悩んだ後、一つの写真を指さす。


「私は抹茶ラテにします」


 そう詩音が言うと、真司がジト目で見た。


「……それは、俺に対するあてつけか?」


「いえっ、そう言う訳では!」


 ワタワタと詩音が手を振って否定しているのを見ながら、まだ悩んでいる由香里の方を見る。


「由香里はどうすんの?」


「んー、私はココアにしようかなぁ。結構疲れたから甘いものが飲みたい気分かも」


 由香里が少し辛そうな顔で足をさすりながらそう言ったので、「了解」と言いながら席を立ちあがる。


「んじゃ、俺は注文に行って来るわ。由香里はそこで休んでていいよ」


「ごめん、ありがと」


 軽く頭を下げる由香里に、気にするなと手を振りながら、既に何人か並んで列が出来ているレジの方へと移動しようとすると、詩音が立ち上がった。


「1人で持ってくるのは大変でしょうから、私も行きます」


「そう? ありがとう、詩音さん」


 そう言って感謝すると、詩音がはにかんだ。


「わり、俺便所行って来ていい?」


 真司が立ち上がりながらそう聞いて来たので、ため息を吐きながら手をおざなりに振った。


「別に言わなくていいから、行って来いよ」


 半ば呆れながら俺が言うと、真司が足早に去って行き、それに合わせて俺達もレジに向かった。


「詩音さんは抹茶が好きなの?」


 店員さんが次々と料理や飲み物を作ってるのを見ながらそう尋ねると、頷いた。


「あの香りを嗅ぐと落ち着くんです。多分、おばあ様が好きだったからかな? って思うんですけど」


「へぇ、詩音のおばあちゃんって爺さんの幼馴染のだよね? 割とおばあさんと一緒に居る事が多かったの?」


「はい。私は両親が居ない事が多かったので、割とおばあ様と過ごす事が多かったんです……」


 そう言っている声のトーンが少し沈んだ気がして、自分が失敗した事に気づいた。


――前、詩音のおばあさんはもう亡くなってるって聞いてたのに……


「ごめん、おばあさんの事を思い出させて」


「いえ、全然気にしないで下さい。むしろ、久しぶりにおばあ様の話が出来て嬉しかったです」


 少し儚げな顔でほほ笑む詩音に、胸が締め付けられる様に感じた。


 だがその気持ちを誤魔化す様に、頬をかいていると、丁度俺達の番が来たので、店員さんへ注文を伝えていく。


「そう言えば、詩音さんは中学時代弓道で全国へ行ったって聞いたけど、高校でもやるつもりなの?」


 そう尋ねてみると、詩音が店員さんから渡されたお盆を取り落としかける。


「そ、それ誰から聞いたんですか? ……恥ずかしいから言ってなかったのに」


 ボソッと詩音が呟いたのを聞いて、思わず笑顔になる。


「んー、誰だろうな」


「あっ、酷いです。海人さんが意地悪になりました」


 笑い合いながら、そんな会話をしつつ自分たちの席へ戻っていると……由香里が何やら他のクラスの生徒に囲まれているのが視界に入って来た。

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