第13話 自己紹介とそれぞれの目標

 教室に入って見回した光景は、校舎などの外観に比べて中学時代と代わり映え無く、前方には黒板と教壇が有り、一定間隔で机が並べられていると言う見慣れたものだった。


 まぁただ、黒板の前にはスクリーンが下がっており、そこにプロジェクターで席順を映し出していたり、机や椅子に使われている木材の材質や厚みは大きく違ってはいたが。


「海人さんは、私の隣の席ですね」


 自分の席――教壇正面の前から2番目にある席につくと、既に隣に座っていた詩音がニコリとほほ笑んで来たので、「改めてよろしく」と返す。


「私は詩音ちゃんの前の席だね、よろしく」


「おっ、教室でも席近いじゃん。よろしくな海人」


 由香里と真司からそう声をかけられて、手で応じながら席につくと、担任の先生が口を開いた。


「皆座ったな。それじゃあ改めて自己紹介する。俺の名前は伊藤 啓介。担当科目は体育だ。よろしく頼む」


 自己紹介を終えた伊藤先生が軽く頭を下げると、パチパチと拍手が起こる。


「ありがとう、じゃあ早速で悪いが皆にも自己紹介を頼みたい。そうだな……自分の名前と、高校生活の意気込み位を話して貰えるか? 順番は入口前方から始めて、一番後ろまで行ったら折り返す感じでいこう」


 そう先生が言うと、入口側前方の生徒が緊張した面持ちで自己紹介を開始する。


 緊張した様子のクラスメイト達が話していく内容を聞きながら、何を言おうかと改めて考える。


 俺は詩音の様に中学から続けている部活はなく、由香里の様にずっと勉強を頑張ってきたわけでもない。


 それなら俺のやりたいこと――目標は何なのかと考えてみてもまだコレだ! と言うものはない。


――だが、折角設備や環境が整った高校に入れたんだ……なら、俺が高校生活を送る上での目標は決まったも同然だろう


 そうして考えをまとめている間に、後ろの席の男子生徒が自己紹介を終え、俺の番がやってくる。


 はやる心臓を押さえて、ありのままの自分をさらけ出す。


「初めまして、岩崎 海人です。俺が高校生活でやりたいことは――人生の目標を見つける事です。俺にはこれまで目標と言えるモノがありませんでした……だからこそ、皆さんと一緒に過ごす中で見つけていきたいと考えています」


 そう自分の胸の内を、言いたいことを吐き出すと……教室内からパラパラと拍手が上がったので、各方向に頭を下げて席へ座った。


「高校生活は3年間ある。その中で、岩崎が目標を見つけられる様に俺たち教師もサポートするよ」


 そう伊藤先生に言われ、俺は改めて頭を下げた。


「おい浅野、次はお前だぞ」


 そんな風に伊藤先生から促された真司は、やる気無さそうに立ち上がり……同時、教室内がざわめきだした。


「あれが浅野家の……」


「噂通りお兄さんと違って、ちょっと怖そうな見た目してるよね……」


 そんな誹謗中傷とまでは言わないが、どこか避けられている様な雰囲気の中、真司が口を開く。


「浅野 真司だ。まぁ、中等部からの進学組は俺のこと知ってるだろうけどな……。俺の高校生活の意気込みは……浅野家から出る事かな」


 そう真司が言った瞬間、教室内が静まり返り……一気にざわめき声が膨れ上がった。


「皆静かに! そして浅野、滅多なことを言うもんじゃないぞ」


「はいはい、すいませんね」


 まるで反省した様子のない真司の態度に、伊藤先生は大きなため息を吐く。


 そんな姿を見て、周りのクラスメイトがまたざわめき出し、口さがないことを言う奴もいた。


 正直に言って、俺はまだ真司の事を何も知らない。


 だが、初めて声をかけた時から感じたのは、見た目通りのとがっただけの男ではないと言う事だ。


 もしかしたら初対面だから猫を被っていただけで、本当はただの問題児だと考える人もいるかもしれない。


 それでも俺は、自分の直観を……人が話している事では無く、自分の目で見て、直接話した真司の事を信用しようと思う。


「はぁ……じゃあ次――南雲さんから自己紹介を頼む」


 そう伊藤先生に指示をされると由香里がチラッと俺を見た後、立ち上がった。


「皆さん初めまして、南雲 由香里です。私が高校生活でやりたいことは、自分の新しい特技を見つけることです」


 そんな、極めて一般的な自己紹介を聞いたクラスメイト達は、明らかにほっとした空気を滲ませながら拍手をし――すぐに、次の自己紹介をするのが詩音なのを見て取ると、また少し空気が緊張した。


「坂崎 詩音と申します。どうぞよろしくお願いいたします。私が高校生活でやりたいことは――」


 そう言った所で詩音が俺の事をチラッと見た気た後、直ぐに前を向き直り言葉を続ける。


「私の高校生活の目標は、これまで知らなかった部分の見聞を広める事です」


 にこりと笑いながら詩音がそう告げると、これまでで最も大きな拍手が巻き起こった。

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