第6話 俺の嫁候補は超美人

 俺が爺さんの養子になると決めてからは、毎日が凄く忙しかった。


 今一つ内容の分からない書類に目を通し、自分用にと作られたハンコを何回も押す作業に追われたり、新しく通う事になる学校のパンフレットに目を通したり、敦盛さんからマナーについての指導を受けたりした。


 そして爺さんが病院から退院する事になった日、俺達は病院のスタッフに見送られながら黒塗りの車で爺さんの家へと向かう。


「いやぁ、坊主が養子になるって決めてくれて本当によかったわい」


「爺さん、それ言うの何度目だよ」


 カカと笑う爺さんに対し、俺は少し呆れながらため息を吐く。


 ここ数日で、俺と爺さんの距離感は急激に狭まった。


 何か印象に残る出来事があったと言うよりは、爺さんの人となりが、自然とそうさせるんだと思う。


「おっ、そろそろ見えて来たぞ」


 そう言われて窓から覗いてみて……俺は、言葉を失った。


 漆喰で塗られた塀が見渡す限り広がっており、塀越しにチラリとのぞく和風建築は、一種の凄みさえ感じられる。


 しかも驚きなのは塀の外に、一定間隔で黒服の人達が配置されている事だろうか。


「すごいな……」


 思わずそんな言葉が漏れると、爺さんがニカっと笑った。


「じゃろ? もっと褒めても良いんじゃぞ?」


 無邪気に、それこそ少年の様に笑う爺さんに思わず笑みが漏れ……同時に、車がゆっくりと減速していくのを感じた。


「権蔵様、お帰りなさいませ」


「うむ、ご苦労」


 黒服の人が外から扉を開けると爺さんが降り、続いて俺も車の外へ出ると、目の前の光景に改めて言葉を失った。


――一体、この家だけで幾らするんだ?


 土地や家に興味が無いため分からないが、周りの高級住宅っぽい家々と比べても数倍は広い屋敷の値段が尋常じゃないことは想像できる。


「ほれ坊主、そんな所で突っ立ってないで中入るぞ」


「あっ、ごめん」


 ボウっと突っ立っていると、既に門の大きな扉が開かれており、慌てて家に入り更に驚いた。


 一言で表すなら、和風庭園。


 そこには小さな丘や巨大な鯉が泳ぐ広い池を始めとして、木造りの小さな建物や苔の生した石灯篭など、興味の無い俺からしても美しいと思える景色が広がっていた。


「いま帰ったぞ」


 玄関を開けながら爺さんがそう言うと、既にズラリと並んでいた使用人の方々が、一斉に頭を下げる。


「お帰りなさいませ旦那様、お坊ちゃま」


「うむ」


「ど、どうも」


 大人に頭を下げられたことなんて無かったため、思わず及び腰になりながら廊下を歩いていると、使用人の人達が皆穏やかな笑みで俺の方を見ている事に気づく。


 思わずその暖かい表情を見て気恥ずかしくなった俺は、慌てて爺さんの後を付いて行くと、洋風の家具が置かれた居間についた。


「やはり我が家は落ち着くの……っと、誰じゃこんな時に電話してきたのは。すまんが坊主、ちょっとここでくつろいでてくれ」


 そう言うと爺さんがスマホ片手に部屋から出て行き……俺は広い居間に1人取り残される。


「一体どうすりゃいいんだよ……」


 思わず独り言を呟きながら、やけにフカフカなソファに座って待っていると、扉がノックされた。


「どうぞー」


 使用人の中の誰かかな? そんな事を考えていると、以前見た栗色の髪の少女が入って来て驚く。


 少女はさっと部屋の中を見回して、俺の方へと視線を向けると、その小さな唇から言葉を紡いた。


「おじい様はどちらにいかれてるんでしょうか?」


 そう言いながら、テーブルを挟んだ向かいに少女が座ったので、改めて彼女の事を見る。


 白く、透ける様な肌に、髪同様茶色がかった瞳、座っていても驚く程小さい顔に、品の良いレースのブラウスとスカートと、まるで映画のスクリーンから抜け出た様な美少女だ。


「えっと、さっき電話がかかって来たから部屋を出て行った……よ」


 若干しどろもどろに成りながらそう答えると、少女がクスリと笑った。


「そんなに緊張しないで下さい。私は、坂崎 詩音といいます。あなたは?」


「俺は海人……岩崎 海人」


「海人さんですか、素敵なお名前ですね」


 そう詩音に言われて、胸の奥が暖かくなる気がした。


「ありがとう……って、お茶でも出した方が良いんだろうけど、ゴメン。まだこの家の事が分かってなくて」


 客人相手にお茶を出そうにも、何処に何があるのか分からない現状では、何も出来ないな……そう思っていると、詩音が口元に手を当てながらクスクスと笑っていた。


「申し訳ありません。おじい様からお話は聞いていましたが、まさか海人様ご本人でお茶を入れようとなさるなんて予想外で」


「あれ? 俺なんか不味いこと言った?」


 思わず頭を掻きながらそう聞くと、詩音は首を大きく横に振った。


「いえ、私は海人さんの、相手を出来る限りもてなそうとして下さる所、とても素敵だと思います」


 そう言って花が咲いた様に満面の笑みを見せた詩音に、心臓がドキリとなる。


――そう言えばこの子、さっきから凄く良い匂いまでして来るんだよな……


 そんな事を考えていると、ガチャリと部屋の扉が開いた。


「いやースマンスマン、仕事の電話が……って、詩音。もう来ていたんじゃな?」


「はい、一刻も早くお顔を拝見したくて」


「ふむ……それで、どうじゃ?」


 先ほどまでと違い、少し真剣な声色で爺さんが問いかけると、詩音が笑みを返す。


「はい、とても紳士的で素敵な方だと思います」


「そうか、それは良かった」


 爺さんがホッとした様な顔をするのを見て、俺は首を傾げる。


「爺さん、さっきからなんの話をしてるんだ?」


 そう問いかけると、爺さんが呆けた様な顔をした後……拳と手を合わせて音を立てた。


「そうか、坊主は知らなかったんじゃったか。この子――詩音が坊主の嫁候補だということを」


 サラッと、何でもない事の様にそう言われて、爺さんの顔を見た後に、少し頬が紅潮した詩音を見るとはにかまれた。


「えっ? えーーーーっ!?」


 思わずそう叫んだ俺は、ずるりとソファから滑り落ちた。

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