第7話 かわいいは正義ですか?

 何とか詩音が嫁候補であると言う衝撃から立ち直ると、改めて爺さんから紹介された。


「この子は、儂の幼馴染のお孫さんに当たる坂崎 詩音じゃ。見ての通り、良家の御令嬢じゃよ」


 そう爺さんが説明すると、謙遜しつつ詩音が立ち上がり、一礼してくる。


「改めまして、よろしくお願いします。海人さん」


「こちらこそよろしくお願いします……あの、詩音さんは俺なんかが婿候補で良いんですか?」


 慌てて立ち上がり、頭を下げ返した後に尋ねてみると、コクリと頷き返された。


「はい。……あっ、もちろん海人さんがお嫌でなければですが」


 そう言って顔を赤らめつつ、はにかんで来る詩音に、思わず鼻の頭を抑える。


――えっ? この子可愛すぎじゃないか?


「ふむ、お互い取り敢えず好印象みたいで儂も一安心じゃ。ただ儂から言っておいて何じゃが、あくまでお互いの嫁、婿候補に過ぎんからの。高校卒業までにどちらかから関係解消の申し出があれば、儂は遠慮なく解消するぞい」


 俺達の顔を見ながら、爺さんが真剣な顔で言ったので、頷き返した。


 すると、外から部屋をノックする音が聞こえたので、爺さんが入室の許可を出す。


「失礼します。お茶をお持ちしました」


 そう言って使用人の女性が部屋に入って来ると、俺達の前にお茶を置いたので、それに軽く口をつける。


「ところで爺さんは何でこの子――詩音さんを俺の嫁候補にしようと考えたんだ?」


 そう尋ねながら、また爺さん特有のカンか何かだろう……そう思っていたんだが、爺さんは少し躊躇うように予想外の事を言った。


「……儂、詩音の婆さんが好きじゃったんじゃ」


「……はい?」


 いきなり突拍子の無いことを言い出したので聞き返すと、爺さんが照れた様に喋り出す。


「儂は詩音と瓜二つだった婆さんの事が好きじゃったが、結婚できなかったので、坊主に儂の夢を託そうと思ってな」


 そう爺さんに言われて、俺は思わずポカンとした後、頭を抱えた。


「えっと、要は爺さんのカンとか俺たちの未来を考えてとかそう言う訳じゃないのか?」


「いやまぁ、2人に良かれとは思っとるがな。ただ8ワ……オホン、5割位は儂の願望じゃ」


 ――おい爺さん、アンタ今8割って言おうとしたよな!?


 と叫びそうになったが、ぐっとこらえる。


「なんじゃ、詩音が嫁では不満か? 詩音、超かわいいじゃろうが」


 何故か少し自慢げな顔で爺さんにそう言われ、ため息を吐く。


「詩音さんは問答無用で超かわいいと思うけど、そう言う問題じゃないだろ」


「何が問題じゃと言うんじゃ? かわいいは正義じゃろうが」


「だから、俺が幾らかわいいと思っても、詩音さんがどう思うかは……」


 ……そう言った所で、服の袖を摘ままれている事に気づき、そちらを見てみれば、耳まで真っ赤になった詩音が顔を伏せていた。


「……その、スゴくはずかしいので、これ以上は許してください」


 消え入る様に発されたその声に思わず我に返り、俺も顔が熱くなるのを感じて縮こまった。


「あー……オホン、話は変わるが、坊主がこれから通う学校についてじゃがの」


 そう言ってやや強引に爺さんが切り出した話いわく、以前パンフレットで確認してた学校は、元々詩音が中等部に通っていたお嬢様、お坊ちゃま用の学校であり、俺は詩音と同じクラスに入学する予定だと言う。


「あの学校は、金さえ払っていれば取り敢えず卒業はさせてくれるじゃろうが、あまり酷い成績を取って詩音を失望させるなよ?」


 そう爺さんに言われて、詩音はそんな事はないと首を振っていたが、仮にも婿候補が酷い点数を取ってたら良い気はしないだろう……勉強、頑張らないとな。


「全寮制で、アホ程金を集めている学校じゃ。スポーツ、芸術、研究、人脈作り、共同生活と学ぼうと思えば何でも学べるから、やりたい事をやるとええ」


「ああ、ありがとう爺さん」


 そう言葉を返したが、俺にはまるで喉に小骨が刺さった様な僅かな引っ掛かりがあった。


 ――俺がこれから通う事になる学校は、全寮制だ


 距離的には爺さんの家や養護施設と、電車で行き来出来る位の場所にあるが、校則が厳しく、休日以外は原則学院の外に出るのは禁止らしい。


 当然そうなると、養護施設へ顔を出せる回数も減ってくるわけで……。


「海人さん、どうかされましたか?」


 考え事をしていた所で詩音から心配そうな目を向けられ、俺は大丈夫だと首を振ると……改めて心を決める。


――母さんや、由香里にはちゃんと報告しないとな


 そう自分に言い聞かせたものの、感じていた僅かな引っ掛かりは、それでも消える事が無かった。

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