第4話 助けた爺さんは何やら凄い人っぽい

「おー、来たか坊主! 待っとったぞ!」


 田中先生と一緒に個室へと入ると、喜色満面と言った様子の爺さんに迎え入れられるが……室内に居た黒服や、身なりの良いスーツやブランドものっぽい服を着た大人たちに一斉に見られ、少したじろぐ。


「ども……」


「なに縮こまっとるんじゃ、早くこっちへ来い」


 そう言って爺さんが俺の事を手招きし、ポッカリとスペースの開いたベッド脇の椅子へ座る様に指示してくる。


――えー……なんか、周りの大人の視線が心なしか冷たい気がするんですが


 そんな事を考えながらも席に着くと、一人の50歳代に見える男性が俺を鋭い目つきで見ながら声を上げた。


「ちょっとお待ちください叔父様、本当にこの少年を跡取りに迎えるつもりですか!?」


 跡取り!? と叫びそうになるが、そう言えば前回来た時も養子どうのこうのって言っていた事を思い出す。


――あれ、本気だったのか……


「何か問題が有るかの? 政義まさよし


「問題あるに決まっているじゃないですか! こんな何処の馬の骨とも……」


 そう男性が言った所で、爺さんの目がギラリと光り、同時に室内の空気が凍り付いた気がする。


「ほう……お主は儂の決定を認めないばかりか、儂の命の恩人さえも馬鹿にする……そう言うわけじゃな?」


 低く唸る様に紡がれたその声は、俺に声をかけていた時とはまるで違う……体の芯まで凍てつかせるような、冷たい声だった。


「い、いえ……そのようなつもりは」


 慌てた様子で否定する男性をジッと爺さんがみた後、他の大人たちの事をゆっくりと見回していく。


「他に儂の意見に異議がある者が居るなら、ここで言うといい」


 そう爺さんが言うと、恐る恐ると言った様子で、1人の年配の女性が手を上げる。


「あの……一つよろしいでしょうか」


「申してみよ」


「ありがとうございます。……ええと、その少年を選んだ理由等をお教えいただいても良いでしょうか?」


 女性がした質問を受けて、大人たちが身を乗り出して爺さんを見るが、その回答は俺にとっても予想外の物だった。


「……ただのカンじゃ」


 そう爺さんが応えて周りの大人たちは勿論、俺も思わず口を開けて呆けた。


「……幾ら岩崎様とは言え、流石にカンで決めるのは……」


 大人のうちの誰かがそうつぶやいた所で、爺さんが鋭い目をした。


「カンが駄目と申すか。じゃがな、儂がここまで財閥を大きく出来たのは、カンと自分の人間を見る目を信頼してきたためじゃ……。それに唾を吐くと言う事は、財閥すべてに唾吐くことと心得よ」


 爺さんがそう発言すると、大人たちが全員押し黙るが……俺はさっきからまるで状況についていけてない。


「えっと、爺さん。俺……自分からも一言良いですか?」


 俺と言った所で、また鋭い視線を周りに向けられた気がするが、爺さんは先ほどまでと打って変わって穏やかな目をした。


「おう、なんじゃ……と言うか、坊主はそんなかしこまらんで良いぞ」


 そう言われるが、これだけ偉そうな大人たちを顎であしらっている姿を見ると、どんなに馬鹿でも爺さんが只物じゃない事は何となく察しが付く。


 そんな、多分超偉い人に対して砕けた発言が出来るほど、俺は肝が据わってなかった。


「えっと……自分を養子にするって、本気で言ってる……んですか?」


 何やら当事者の俺抜きで話が進んでいたが、そもそも俺は養子になるなんて一言も言ってないのである。


 俺はたまたま爺さんを助けるために救急車を呼んだだけで、これまで何の接点も無かったんだから、当然の疑問だと思う。


「本気も本気、大マジじゃよ。もしかして坊主、儂の養子に成るのは嫌か?」


 そう爺さんが質問すると、俺じゃなくて大人たちがざわついた。


「……嫌って言うか、俺爺さんのこと良く知らないし、いきなり言われても困るっていうか」


「ふむ……なるほどの、じゃが儂の養子に成れば金に困る事だけは絶対にないぞ? あっ、後超絶可愛い嫁候補もついて来るぞ」


 そんな風に爺さんが勧誘してきて……改めてこれは、新手のドッキリなんじゃないか? って気もして来るが、一応真面目に応える。


「別に、俺は金の為に人助けしたわけじゃ無いから良いよ。後、まだ中学卒業したばっかなのに嫁候補って言われても実感わかない……です」


 そう言うと、途端に爺さんが気まずそうに頭をかき始める。


「あー、坊主の気持ちは分かったんじゃが……実は儂、もう坊主の事養子にしちゃった」


「……はい?」


 テヘッと擬音が付きそうな顔で爺さんに手を合わせられ、俺は思わずその場で呆けた後……慌てて養護施設へと帰った。

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