第3話 養護施設と俺

 爺さんを助けた日の翌日の事、既に中学を卒業し、近くの土木会社へ就職が決まっていた俺は、久しぶりに弟たちと遊んでやっていると、養護施設あてに電話がかかって来た。


「海人さん、電話取ってもらっていいですか?」


「分かったよ母さん、お前らちょっと待っとけな」


 朝食の準備をしていた施設の管理人――母さんにそう言われて、まとわりつく弟達をいなしながら電話に出る。


「はい、こちら桜ケ丘養護施設です」


「はじめまして。私、岩崎財閥の秘書をやっております敦盛あつもりと申しますが、大空 海人さんはいらっしゃいますでしょうか?」


 少し冷たい雰囲気の、女性の声が聞こえてきて……何より岩崎財閥と言う耳慣れない単語に、俺は電話の主を怪しんだ。


――新手のオレオレ詐欺か?


「あー、ウチにはお金が無いんで詐欺とかしても無駄ですよ。お互い大変でしょうけど、真面目に生きて頑張ってくださいね。じゃあ」


「ちょっと、待っ……」


 電話を切る直前まで粘ろうとする相手の精神力に思わず感服するが、ウチは詐欺されても10万円どころか1万円だって出てこない。


――そう言う意味では、貧乏も強いよな……


 そんな事を考えていると、齢60を超えた女性――俺達皆の母さんであり、両親を亡くした俺を救い上げてくれた、桜井 和子さんがリビングから顔を出した。


「海人さん、何の電話でした?」


「多分、オレオレ詐欺の電話」


 そう答えると母さんは驚いた様に口元を抑えて、不安げな顔をした。


「詐欺だなんて……海人さん、大丈夫でしたか?」


「ああ、全然だいじょう「兄ちゃんあそぼー」……ぐはっ」


 話している途中でワンパク小僧から思いっきり腹めがけて頭突きをかまされ、思わずむせる。


「アキラ! 喋ってる途中で突っ込んでくんじゃねえ……あー、イテ」


「よっしゃ、兄ちゃんを倒してやったぜ!」


 俺の文句は一切聞かずにガッツポーズを決めているアキラをどうしてやろうか……と思っていると、ダイニングの方から由香里の声が聞こえて来た。


「もう2人とも、遊んでないでお皿出すの手伝って」


 そう言われてダイニングへ移動すると、まだ7歳の妹分――チヨが懸命に皿を運んでいた。


「てつだってー」


「はい、手伝います」


 舌足らずな口調でそう言われて、俺とアキラが手伝いをしてると、すぐに皆で集まって食事になった。


 桜ケ丘養護施設の子供たちの数は合計20人と、規模的には結構な物だ。


 最年少は3歳のミカちゃん。


 最年長は俺と由香里で、今年16歳になるため施設から出なければならない。


 由香里は成績が優秀だったため、学校からの奨学金を受けながら高校に入学する事が決まっており、俺は子供の頃から顔見知りのオッサン達の所へ就職が決まっていた。


 だから、こうして皆揃って食事を出来るのも後1か月ちょっとか……そんな感慨にふけっていると、由香里から声をかけられる。


「ねぇ海人君、一応昨日のお爺さんの所へお見舞いに行った方が良いんじゃない?」


「あー……まぁ、そうか」


 体調大丈夫そうだったからあまり気にしていなかったが、一応顔を出しておくのが筋だろう。


「んじゃ、飯食ったらちょっと行ってくるわ」


 そう言うと、隣に座っていたアキラが文句を言ってきた。


「えー、兄ちゃん午後は遊んでくれるって言ってたじゃん」


「悪いなアキラ、明日は遊んでやるから今日はカンベンな」


 そう言って謝ると、アキラから「絶対だからな!」と約束させられ、食器などを片付け終えた俺は一人病院へと向かった。





 病院についた所で、爺さんの病室を知らない事を思い出したが、どうしようもないので受付へと向かっていく。


「すいません、昨日救急車で運ばれてきた爺さん……岩崎さんっていらっしゃいますか?」


 そう問いかけると、受付の若い眼鏡の女性から胡乱うろん気な顔で見られる。


「アナタ、岩崎様の親戚かしら? パッと見そうは見えないけど」


 目を細めて俺の格好を見ながら、嫌みっぽくそう言われてカチンと来たが、淡々と答えることにする。


「いいえ、違いますが……」


「そっ、ならアナタに岩崎様の病室を教える訳にはいかないから帰っ……「ちょっと君! 何て対応をしてるんだ!」」


 帰れ……と言われかけた所で、俺の背後から昨日会った医者の人が割って入って来て、急に受付の女性が挙動不審になる。


「いや田中先生……これは違くて、ただこの少年が岩崎様と面会したいなんて言うものですから」


 しどろもどろしながら受付嬢がそう答えると、田中先生が大きなため息を吐く。


「受付の担当には、岩崎様の恩人の少年が来るかも知れないと伝えていた筈なんだが……まぁいい、この少年は私が案内するから君は自分の仕事をしてくれ」


 そう厳しい声で言った後、田中先生が俺の方へ向き直り、頭を下げてくる。


「うちのスタッフが失礼な事を言って、申し訳ない……」


「いえ……大した話ではないので」


 口ではそう言ったが、内心ちょっと苛立っていたのは許して欲しい。


「それで……岩崎様の下を訪ねて来たと言う事は、心を決めたんだね?」


 いきなりそんな事を言われて、俺は首を捻る。


「えっ? 何の話ですか?」


 そう応えると、田中先生も一瞬呆けた顔になり……何かを思い出したのか、苦笑いした。


「そうか、まだ君の所へは詳しい話がいってなかったんだね……なら、その件も含めて岩崎様の所へ行こうか」


 少し困った様な顔をした田中先生に連れられ、俺は爺さんの病室へと向かった。

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