第2話 儂の養子にならんか?
「おじい様は大丈夫なんですか!?」
治療室の前へと戻って来ると、先ほどチラッと見た少女が黒服達と一緒に医者に詰め寄っている所だった。
「はい、今は容態が安定していますよ」
「良かった。所で、通報してくださった方と言うのは……」
そう少女が言うと、医者の人が俺の方を向き、それに釣られて全員がこっちを向く。
「えーっと、どうも」
何となく気まずくて軽く頭を下げると、栗色の髪の少女がコチラに近寄って来て、頭を下げられた。
「ほんとうに……ありがとう、ございました」
嗚咽交じりにそう言われて、思わず背中を撫でてやろうとした所で……黒服の眼が険しくなった気がして、頭をかく。
「あー、爺さんの体調が大丈夫なら、おれはこの辺で……」
そう言って立ち去ろうとすると、治療室の中から一人の医者が勢いよく出てきて俺を見つけると、駆け寄って来た。
「君が、通報してくれた子かい?」
「はい、そうですけど……」
「良かった、岩崎氏が呼んでいるから、ちょっと中に入ってもらっていいかい?」
「えっ?」
突然何を言ってるんだ? そう思っている間に、無理やり治療室の中へと引きづり込まれた。
「ほぅ、坊主が儂を助けてくれたのか。もうちょっとこっちへ寄ってくれんか?」
声のした方――ストレッチャーの上で上半身を起こしている爺さんが居た。
倒れている時には気づかなかったが、その体は齢70を超えているだろうに引き締まっており、瞳に籠っている意志の強さは、これまであった誰よりも強い気がする。
「体調は……大丈夫なんですか?」
腕に刺さった点滴を見ながらそう問いかけると、一笑に付された。
「お主には迷惑かけたが、お陰で絶好調じゃわい……ふむ、坊主結構いい体をしているな。部活動は何をやっておる?」
ペタペタと無遠慮に腕を触られて、思わず苦笑いする。
「部活動とかは何にも。俺、養護施設出身だから、弟や妹の世話をしたり、近所の工事現場の手伝いしたりしてたらいつの間にか筋肉ついてたんすよね」
養護施設――といった所で、爺さんが驚いた顔をする。
……それを見て、胸の内がチクリと痛んだ。
養護施設出身と言うと、たいていの人は哀れんだり、気まずそうな目で俺の事を見て来るから。
――しかし、爺さんは違かった
「ほう、そいつは丁度良かった!」
そう言って爺さんは目を輝かせ、俺の手を取って来て……目を白黒させてる俺に、衝撃的な一言を告げた。
「お主、儂の養子にならんか?」
◇
突然意味不明な事を言い出した爺さんに戸惑っていると、爺さんの言い出した事に周りの医者たちが慌てふためき、取り敢えず今日は帰るように言い渡された。
何が何やら良く分からないままに病院を出ると、丁度絹の様に美しい黒髪をなびかせながら、幼馴染の由香里が走って来るのが見えた。
「お疲れ、由香里」
そう言うと、俺の方を恨みがましく見ながら、何度も大きく深呼吸し、ようやく口を開いた。
「もう、お疲れ……じゃないよ! すっごく心配したんだからね!」
ビシッと俺に指を突き付けて、由香里はいかにも怒ってますと言う態度をする。
「ごめんごめん、ただ俺もいきなりの事にテンパってて」
手を合わせながらそう言うと、一転して由香里が心配そうな顔をして来る。
「その……倒れていた方は、大丈夫だったの?」
「ああ、最終的には普通に喋れる状態まで回復してたけど……」
「回復したけど、どうかしたの?」
……突然養子にならないか、なんて良く分からない事を言われたのは、取り敢えず由香里には伏せておくか。
「いんや、なんでもない」
「えー、海人君の何でもないは信用できないなぁ」
ジトーっと大きな瞳を細めながら言われ、思わず苦笑する。
「取り敢えず、朝飯食いに帰ろうぜ。今日は由香里が作ってくれたんだろ? 由香里の飯はうまいからなぁ……」
「あーっ、今絶対話題反らしたでしょ! ちゃんと白状しなさい!」
そんな風にワイワイしながら帰って行く内に、俺は爺さんに言われた事を綺麗さっぱり忘れていた。
――それが、まさかあんなことになるなて、この時の俺は予想だにしていなかった
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