第4話 モフモフと時渡りの家世

 トロに声をかけることもなく、トロから声をかける隙もなく、自然かつスマートに退室していった仁の姿を目線で見送り、トロは少しほうけて仁の姿が消えた玄関ドアを見ていた。


 置いて行かれた…。 


 ケモ耳がシュンとうなだれている。

 声をかけられなかったことでトロのなかに生まれた感情に呆けていたのだ。

 知り合って間もない仁に声をかけられなかっただけなのに…。

 

「トロ様」


 フユに名を呼ばれて、ケモ耳がピント立ちハッと我に帰る。

 そして思い出した。

 ゆうのことを…小屋に倒れて動かない友のことを……。


「友のところに…いかなきゃ…」

「お待ちください!」 


 玄関に走り出そうとしたトロの前をサッと巨大なモフモフがふさいだ。


「えっ!何っ!?」

「お・待・ち・く・だ・さ・い。大事なことなので2度言いました!」

「はぃぃ?」


 巨大なモフモフからフユの声がして事態を把握する。

 目の前のモフモフは猫の姿そのままに人サイズになったフユが後ろ足立ちしているのだと…。


「巨大化したっ!?」

「とりあえず夜中なので大きな声はお控えください」


 ブンブンと頷く。

 フユの声音は静かだったがその圧は半端なかった。

   

「トロ様は友様の住所をご存知ですか?」


 フルフルと首を振る。


「なぜ友様が暴行を受けていたかご存知ですか?」


 再び首を振る。

 トロが友について知っていることは仁に話したことがすべてだった。


「猫なれば監禁された場所に行って助け出して面倒見て終わりで済みますが、人間はそうはいきません」

「………」

「助けるために家に乗り込めば不法侵入になります。警察に通報しても暴行を加えてた者が何でもないと言えば家に踏み込めません。暴行をしていたと猫が証言したなんて言っても信じてはもらえません。違いますか?」

「…違わない……」


 トロのケモ耳がシュンとなる。


「無策で乗り込めば助かる確率を下げてしまいます。ですから仁様は友様のことを探るよう申し付けられたのですよ」


 確かにただ必死に助けを求めてきたトロは、友のことを何も知らなかった。

 来た道に印もつけてない。

 今この部屋を飛び出したとして、友の所に戻れるか?と聞かれたら、答えは否だ。


「仁様は受けたご依頼を果たして下さいます。ですからトロ様は今トロ様にできることをなさって下さい」

「私にできること…?」

「はい。今トロ様ができることは心身ともに休ませることです」

「………」

「休んでくださいますね?」

「…わかった…休む……」


 返事をしたトロの頭をフユは右前足でなでる。


「…巨大化…できるんだ……」

「仁様やトロ様のように人の姿にはなれませんけどねオホホホホ」

「………」


 自分より大きなモフ猫のオホホ笑いはインパクトがある。

 インパクトはあるが違和感がない。

 どこかのご令嬢のような優雅さまで感じるほどハマっていた。


「…フユさんて…すごい……」

「トロ様『フユ』とお呼びください」

「じゃあ私もトロで」

「いいえ、トロ様はなれば呼び捨てはできません」

「ときわたりのかせい?」


 初めて聞く言葉だった。


「トロ様、ロフトベッドがございますのでそちらに横になってお話いたしましょう」


 フユにうながされ、ロフトベッドに向かう。


 歩きながらあらためて室内を見渡すと、そこは居間にロフトベッドのついたちょっとオシャレな1LDKのアパートのようだった。


「この部屋…仁さんの部屋?」

「はい、と、いいえ、ですかね」

「はいといいえ?」

名義めいぎは仁さまですが、ゲストルームとして使われています」


 会話しながらロフトにあがり布団に入る。

 もちろん人サイズモフモフのフユも一緒だ。

 羽毛の布団は軽くて気持ちがいい。


「ふかふかのお布団で…もふもふ……」


 トロはフユのモフモフの胸にぱふっと顔をうずめる。


「トロ様のお耳もモフモフですわ」


 洗って真っ白になったトロのケモ耳をフユがなでる。

 

「はにゃ……」


 気持ちよくて身体の力が抜ける。

 何にもおびえることなく横になったのはどれくらいぶりだろう…。

 大きなモフ猫フユの添い寝は張りつめていたトロの心と体を優しくほぐしてくれていた。


「先程の質問ですが…」


 ん?ともふっていたフユの胸から顔に視線を移す。


についてお答えしますね」


 頷き返しフユの言葉を待った。


「猫の一生は人に比べて短いのです。ですが、まれに何世代もの猫が生きる時間を渡るものがおります」

「………」

「何世代もの猫の時間を渡り生きるもの、

「それが私?」

「いいえ。時渡りは猫として生を受けます。トロ様は人としてお生まれになったのでしょ?」

「仁さんにそう言われた…」


 仁さんの名前を、文字を読めた。だからトロ自分は人として生まれて教育を受けたのだろうと思う。


「遥か昔、時渡りの中で猫から人へと変化へんげする能力を持つものが生まれた、と言われています」

「今の話じゃないんだ…」

「そうですね…ここ何百年かの話でないことは確かです」

 

 ポカンとトロの口が開いた。


「おとぎ話みたい…」

「そうですね、ある意味おとぎ話に近いかも……ある時、人に変化した時渡りは人に恋をしたそうです。恋をし愛をはぐくみ、子をなした…生まれた子は人として生きたそうです」


 異種族で子供をなせるの?

 でも、人の姿ならできる…?


 思ったが口には出さない。

 フユの話は続いていた。


「時渡りと人の子孫が命をつなぎ何世代か過ぎた頃、人に生まれながら猫に変化へんげするが現れました。その方々を『時渡りの家世』とお呼びしているのです」

「方々…一人じゃない?」

「はい。何世代にも渡ればそのお血筋は広がって行きますし、どこでどう変化の能力が受け継がれて現れるかわかりませんから…」


 確かに何世代にも渡れば血は薄くなる、が広がっていく。

 変化の能力が現れるのは一人とは限らない。


ちなみには宇宙の火星ではありません。家族のに世界の家世かせいです。『代々続いてきた家柄』の意味を持つ言葉です」

「私もその時渡りの家世なの?」

「はい。人から猫に変化へんげされてますから」

「…人であった記憶ないけど…名前も覚えていないし…ケモ耳…残ってるし……」


 フユの言葉が信じられないわけではなかった。

 信じられないのは記憶のないトロ自分であった。


「時渡りの家世である人が最初に変化へんげなさるのは心と体、両方に衝撃を受けたことに起因するそうです。トロ様も原因があって記憶を失ってらっしゃるのでしょう…焦らなくてもよろしいのですよ。記憶があってもなくてもここは安心して大丈夫な場所ですから」

「フユ…」


 気が付けば路上で生活していた。

 人におびえ、猫に怯え、誰にも見つからないように身を潜め細々と命をつないでいた。

 フユの瞳もモフモフの体もトロには優しくて暖かかった。


「以上が我ら四稀しきに伝わる伝承です」

「四季?」

四猫よにゃんまれなる能力を持つ猫。時渡りの家世にお仕えするものでございます」

「じゃあ、仁さんは…」

「私がお仕えする『時渡りの家世』様です」

「仁さんも…」


 だから人から猫に、猫から人に変化で来たのか…。


「私も仁さんのように自由に変化できるようになるのかな…」

「ええ、きっとなれますよ」

「なれると…いい…な……」


 そうしたらゆうを助けられるのに、との思いをいだいてトロは寝落ちしていった。


「トロ様?…眠られてしまいましたか…今日はいっぱい頑張りましたね。フユが側におりますから安心してお休みください」


 寝入ったトロに声は聞こえていないであろうに、まるで聞いていたかのようにフユのモフモフの胸に顔をうずめて、トロは寝息をたて始めた。

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